
吉田修一さんの同名小説(朝日新聞出版)が描いた歌舞伎役者の半生。李相日監督が映画化して以降、週間観客動員数ランキング(6月29日時点)でも、洋画を含め公開中の映画のトップをひた走る。何が魅力なのか。多くの観客を惹きつけている背景には何があるのか。映画ジャーナリストの金原由佳さんと考えた。
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なぜ、『国宝』はこれほどまでに人の心をとらえているのか。金原さんがまず抱いたのは、「こんなに多くの人が『伝統芸能の世界』を渇望していたのか」という思いだったという。
「いま、伝統芸能は継承者が少なくなり、歌舞伎も文楽も苦難の時代です。熱心なファンはいるけれど、その他大勢の人々にとってはなかなかアクセスしにくい世界。そこへ、映画という形でアクセスできることで、もともとあった渇望が満たされている面もあると思います」
伝統芸能の持つ芳醇な空間に、歌舞伎座や南座に行かずとも、近所の映画館で身を浸すことができる。そこも人気の秘密ではと金原さんは言う。
「そこでは実際に歌舞伎座に行っても決して見ることのできない、黒衣の動きや役者の髪の後ろの表情など、『歌舞伎の見知らぬラビリンス』にカメラとともに入り、役者の立ち位置にまで接近して、演目の中の世界を疑似体験ができる。観客にとって得難い体験だと思います」
歌舞伎の「世襲制」に惹きつけられる
『国宝』の主題の一つに、歌舞伎の「世襲制」がある。その点も、観客を惹きつける要因の一つになっていると金原さんは見る。
「いまの社会において成果主義の台頭がよく言われますが、実はさまざまなところで世襲制は残り、銀のさじをくわえて生まれてきた人が結局はいいポジションにつくという現状はあります。喜久雄(吉沢亮)という何もかも失い、親も後ろ盾もなく、身一つで戦うしかない主人公が、国宝に手が届くところまでがんばる。そんな『世襲制を打ち破る存在』が、見ている私たちをスカッとさせるのかもしれません」