
国際的に活躍するメインスタッフの本気度
この映画のもう一つの魅力は、映画を支えるスタッフに「一流どころが集結」したことだ。撮影のソフィアン・エル・ファニ、美術の種田陽平、照明の中村裕樹、衣裳の小川久美子といった国際的に活躍するメインスタッフの技と、彼らの本気度を存分に堪能できる。
「『国宝』は昭和39年から始まりますが、正史ではなく、パラレルワールドとして今後あり得るかもしれない"if"の歌舞伎史を一流のスタッフが長年の叡智でデザインしている。スッポンやセリを備えた劇場や、架空の家の襲名衣裳など、ゼロから世界観を作り上げ、撮影所があった時代の豊かな映画美術の在り方に再び触れる喜びがある。歌舞伎指導を四代目中村鴈治郎丈が担うなど、エンドクレジットには多くの伝統芸能者の名が並び、支えていることもわかります。そもそも日本映画史に歌舞伎の役割は大きく、中村錦之助や市川雷蔵など歌舞伎界から来たスターが1950年代の黄金期を支えた。あらためて歌舞伎と日本映画の邂逅を振り返る一作となっています」
李相日監督の凄みが味わえる
そんな一流どころを束ねたのが、李相日監督。粘り強い演出で知られる李監督の凄みも、この映画で味わえると金原さんは言う。
「効率的な映画作りを優先すると、ある程度、歌舞伎の表面的な所作を覚えたらあとは細かくカットを割って、編集で構成できると考える監督は多いと思います。でも李さんは演目の内容を登場人物の個人史に重ね、一連の感情の流れを重視しての表現を役者に求めた。20分もの踊りの演目を、30キロ近い衣裳を着て踊りっぱなし、失敗は許されない。所作は手先の隅々にまで込めないといけない。役者たちに1年半でできるようになってくれと。これを妥協なくやり遂げたのは李監督だからこそ、だと思います」

そんな李監督の高い要求に応え続けた、吉沢亮と横浜流星の鍛錬。「見事に花開いた」と金原さんは言う。
「一人は歌舞伎の御曹司・俊介(横浜流星)で、一人は家筋のない子・喜久雄。一つの役を争うライバル関係の話と思いきや、俊介は喜久雄の人生を邪魔せず、むしろエールを送る。大きな視点で歌舞伎という伝統芸能がどう生き残るかを考え、人生を交差し、道を切り拓こうとする。そんなブラザーフッドのストーリーも、多くの人が魅力を感じ、共感できるところなのだろうと思います」
(AERA編集部・小長光哲郎)
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