『TEMPEST』BOB DYLAN
『TEMPEST』BOB DYLAN

 アルバム『モダン・タイムス』発表後もネヴァー・エンディング・ツアーは、まさにその名のとおり、ほぼ休むことなくつづけられていく。そして2009年には、ツアー・メンバーを中心にしたミュージシャンたちと録音した『トゥギャザー・スルー・ライフ』と『クリスマス・イン・ザ・ハート』の2作品を発表。翌10年には同ツアーの初期段階で通算6回目の来日をはたし、Zepp大阪/名古屋/東京で計14回ステージに立っている。いわゆるクラブ・サイズの会場でのライヴだ。1978年2月に武道館からスタートした日本公演の歴史のなかでは、もちろん、はじめてのことだった。

 東京公演に何度か足を運んでいるのだが、お台場のZeppは連日ほとんど身動きができないほどの状態で、ともかく、ものすごい熱気。若い音楽ファンも少なくない。あらためてボブ・ディランというアーティストの存在の大きさを確認することができた、貴重な体験となった。また、そのうちの一日は、ギターやハーモニカを自ら選ぶティランの姿をかなり近い位置から観ることができ、これもまた、忘れられない体験となった。

 それから2年後の2012年秋、ディランは、年明けにレコーディングしたアルバムを『テンペスト』のタイトルで発表している。ノーベル賞受賞時にも何度か名前のあがったシェイクスピアの『ザ・テンペスト』が彼の最終作品とされていることから、「これが最後か?」という受け止めもあったようだが、そんな意図や気持ちはまったくなかったらしい。ただし、15年の『シャドウズ・イン・ザ・ナイト』と16年の『フォールン・エンジェルズ』はどちらもスタンダード中心の作品なので、17年年明けの本稿執筆時点では、たしかに『テンペスト』が、最後のオリジナル作品ということになっている。

 ディラン自身のプロデュースで(ここではジャック・フロスト名義)ツアー・メンバーとともに仕上げるスタイルは、21世紀最初のアルバム『ラヴ・アンド・セフト』で固まり、継続されてきたもの。長い時間をかけて理想的な創作環境を手に入れたディランが、心に浮かぶ言葉やメロディを、なんの制約も受けず、楽しみながら形にしていく姿が見えるようだ。

 アルバム『テンペスト』は、ジェリー・ガルシアのソングライティング・パートナーだったロバート・ハンターと書いた《デューケイン・ホイッスル》で幕を開ける。KISSのジーン・シモンズのそっくりさんたちと街を練り歩く不思議なビデオも制作された、あの曲だ。ハードに迫る《ナロウ・ウェイ》、ドラマチックに展開する《ロング・アンド・ウェイステッド・イヤーズ》、丘の下に広がる街の情景が浮かんでくるような《スカーレット・タウン》、《フーチー・クーチー・マン》を彷彿させる《アーリー・ローマン・キング》、13分超のタイトル・トラック、ジョン・レノンに捧げた《ロール・オン・ジョン》など、表情豊かでヴァラエティに富み、それでいてきっちりと一つに統一されたディランの世界が創造されている。

『フォールン・エンジェルズ』発表直前に実現した2016年の来日公演では、やはりスタンダード中心であったにもかかわらず、ここから5曲が演奏されていた。最近作というだけではなく、間違いなくこれは、自信作なのだろう。[次回1/18(水)更新予定]

著者プロフィールを見る
大友博

大友博

大友博(おおともひろし)1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など。dot.内の「Music Street」で現在「ディラン名盤20選」を連載中

大友博の記事一覧はこちら