(撮影/写真映像部 佐藤創紀)
(撮影/写真映像部 佐藤創紀)

――ちなみに本の第一章(女性編)の「女たちよ!」というタイトルは、伊丹十三さんの名エッセイの題名と同じですね。

 意識しないで付けたんですが、担当編集者にもすぐに「伊丹十三ですか?」と指摘されました(笑)。ただ、このタイトルは少しおかしいんですよ。「女たちよ!」は本来、男性ボーカル編に付けなきゃいけないので。

――確かに! 男性R&Bシンガーが歌うラブソングは“女たち”に向けられていたので。

 特に90年代までのR&Bはそうですね。男性シンガーが歌う“Hey, my love”という歌詞は女性に向けられているし、女性シンガーが“My sugar”と歌えば男の人のこと。まだまだ“男は男らしく、女は女らしくあるべき”という時代だったし、ホモフォビア(同性愛嫌悪)も強かったですからね。オルタナR&Bを代表するフランク・オーシャン(LGBTQとしてカミングアウトしている有名アーティストの一人)の登場以降、そのあたりも大きく変わってきました。

――一方R&Bシーンでは、R.ケリーが子供や女性を性的に搾取したとして、有罪判決を受ける出来事もありました。

 90年代R&Bのヒーローの一人ですね。あの時代のR&Bといえば彼の作ったサウンドが真っ先に浮かびますし、僕もR.ケリーのアルバムのライナーノーツを書いていましたが、今回の本からは迷うことなく外しました。ジェイムズ・ブラウンによるドメスティックバイオレンスもそうですが、今の基準に照らしてジャッジし続けなくちゃいけないと思っています。僕が掲げている一つの目安は、抗うことができない立場の人――たとえば未成年の少年少女や、デビューを目指している人たち――に対する暴力や搾取を許さないということ。こう言うと「音楽と人格は切り離すべき」「音楽に罪はない」という言葉が飛んできますが、そこはきっぱりと抗おうと思います。

(取材・文/森 朋之)

(撮影/写真映像部 佐藤創紀)
(撮影/写真映像部 佐藤創紀)

松尾 潔(まつお きよし)/1968年、福岡市生まれ。音楽プロデューサー・作家。早稲田大学在学中よりR&Bジャーナリストとして活動。豊富な海外取材をベースとした執筆活動やメディア出演を重ね、20代にしてアメリカの業界誌『BLACK RADIO EXCLUSIVE』に「日本のR&B市場に最も影響力をもつ人物」と紹介される。90年代半ばから音楽制作に携わり、SPEED、MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。その後プロデューサー、ソングライターとして平井堅、CHEMISTRY、東方神起、SMAP、JUJU等に提供した楽曲の累計セールスは3000万枚を超す。EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で日本レコード大賞、天童よしみ「帰郷」で日本作詩大賞、JUJU『DELICIOUS 2』(アルバムプロデュース)で日本ゴールドディスク大賞〈ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー〉を受賞するなど、ヒット曲・受賞歴多数。著書に小説『永遠の仮眠』(新潮社)、社会時評集『おれの歌を止めるな』(講談社)など。2025年6月20日に『松尾潔のメロウなライナーノーツ』(リットーミュージック)を上梓した。

こちらの記事もおすすめ 洋楽離れ、円安、不況…逆風でも攻めるフジロック 今年の鍵は山下達郎&新世代アーティスト
[AERA最新号はこちら]