結局、どのように聞こえるかというのは多分に、「この先この人とやっていけない」と本人が思っているかどうかなのだと思うのです。そして別れたいと思うか続けたいと思うかは、その男のひどさの質や量とあまり関係していないようです。もちろん、さっさと別れずに人に話している時点で尻込みする気持ちはあるだろうし、別れてまたちょっとくっついてを三回繰り返してようやく別れる人もいれば、本当にいいのかどうか自問して二年ほど費やす人だっているけど、二年経って結局別れると憑き物が落ちたようにすっきりして、その二年をもったいなかったと思うのが常なのかもしれません。
お便りを最初に読んだ時は、きっとこの方の中で、この男はもうないな、と答えは出ているのではないかと思って読み進めていました。悩みを聞いていて、相手の男に一瞬でもいいと思う点が一つもない場合は、大抵そうだというこちらの勝手な経験則で。だとしたら、子どもがいようが情があろうが別れちゃえばいいのに、と言っていたと思います。子がかすがいとなる夫婦の話、子がいるから別れないという夫婦の話はよく聞きますが、子どもは別にかすがいになりたいわけでもないだろうし、自分のために我慢されてもなぁ、と思うかもしれないし。自分勝手で不誠実な男性の携帯電話を鳴らして夜を明かすには人生は短いし、働けて動ける時間は貴重です。
彼について考える時間を減らし、楽しみを見つけて
ただ、お便りの最後には関係を続けるための話である旨が記されているので、ここではそれを言葉通りに受け取って話してみます。嫌な人との関係を続けていくのであれば、とにかく彼について考えている時間を減らし、そのほかに生きがいや喜び、楽しみを見つけるべきだと個人的には思います。彼が時間や約束を重視しないのであれば、それを期待しない。もしある程度経済的に支えてくれるのであれば、そのお金で人を雇うなどして、家事や育児など彼の協力が得られないことで増えている負担を減らし、彼が帰って来なくても成立する生活を築くとか。