「今日はいいマグロが入った」と店長のマウンさん。毎朝市場に足を運び、自分たちでネタを吟味するという(撮影/横関一浩)

 その後、本格的な和食店や老舗の寿司屋でも働いた。

 マウンさんもニイさんも、「なんでガイジンが握っているんだ」と辛らつな言葉をかけられたことが何度もある。それでも、自分たちが握った寿司をおいしいと言って食べてくれる客に支えられた。

手つきは熟練の寿司職人そのもの。一貫ずつ、丁寧に、素早く握っていく(撮影/横関一浩)

 当時、日本に住むラカイン族の人は多くなく、強固なコミュニティーができていた。マウンさんとニイさんもそこで自然と知り合ったという。同じように日本で働いていたラカイン族の数人で、出店を志すようになった。マウンさんは言う。

「自分たちでどれだけできるかやってみたかった。それに、同じようにミャンマーからやってくる若い人たちのモデルケースになりたかったのもあります」

ニッパヤシというヤシ科のマングローブ植物のお茶。すっきりして飲みやすく、寿司にもあう(撮影/横関一浩)

 ただ、店舗探しには苦労した。「外国人には貸せない」と何度も断られながらなんとか浅草に場所を見つけたのが2019年。その契約の日に新元号が発表されたことから、店は「寿司 令和」と名付けた。

 入口で彼らが出迎えると驚き、「板さんは日本人?」と尋ねる客も少なくない。そのまま帰ってしまう人もいるという。

「でも、ためしに食べてみるか、と座った人が常連さんになってくれて、何とか続けています。寿司はシャリも魚も本当に奥が深いですね」(ニイさん)

浅草の雑踏のなかにある落ち着く空間の店内。もとは落語喫茶だった場所だという(撮影/横関一浩)

 コロナ禍での客足の減少も痛かった。それでも、毎日市場に足を運んで魚を選び、新鮮な寿司を握ることに一切の手抜きはない。20年以上にわたってネタに向き合ってきたことが見て取れる、おいしい寿司を堪能した。

(編集部・川口穣)

AERA 2025年6月2日号より抜粋

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