その中で、昌綱は何度も降伏を「成功」させました。
実は、すごいことです。
そもそも降伏は、簡単な交渉ではありません。追い詰められた敗者が、立場の強い勝者を相手に試みるのですから、失敗すれば、死か、滅亡が待っています。
巨大勢力の狭間で翻弄されながらも、離反と降伏を繰り返した武将。後世に多少盛られた部分を割り引いても、佐野昌綱は類を見ないやり方で乱世を生き抜いた稀有の人物と言えるでしょう。
強く惹かれた私は、彼について書きたいと、ずっと考えていました。でも、わからないのです。
なぜ昌綱は、度重なる裏切りを赦されたのか。
フィクションとはいえ、尋常でない史実の辻褄を合わせていかねばなりません。
きっと昌綱には、殺すに忍びない人間的な魅力があったのでしょう。
でもそれだけではなく、彼は自分を信じさせる「演技力」が非常に高かったのではないかと思うのです。
昌綱は的確に情勢を見極めたうえで、相手の心理を読みながら、上手に意を伝え、感情を動かす演技に秀でていた。絶体絶命の降伏交渉に臨んでも、楽しみながら演じるほどに肝が据わってもいた。謙信や氏康が「今度こそ首を刎ねてやる」と鼻息荒く臨んでも、いざ昌綱を前にすると、ついその口八丁手八丁に乗せられてしまい、彼は絶妙なタイミングとやり方で降伏を成功させ続ける……。
資料を読み解くうち、私の頭の中にそんな異色の戦国武将のイメージが創られていきました。