
時は戦国。勝利は皆無、裏切りと降伏のみで生き抜いた男がいた。
作家・赤神諒さんが最新作『我、演ず』で描くのは、異色の戦国武将、佐野昌綱。赤神さんは、佐野昌綱が過酷な戦国を勝たずして生き残ることができたのは、その時々で最も適切な役を演じたからだと語る。
戦国の古豪たちをも魅了した、佐野昌綱の舞台をぜひ紙上でご堪能あれ。
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降伏交渉の達人――裏切りと赦しのパラドックス
あなたは何回まで、裏切りを赦せますか。
キリストじゃあるまいし、私のような凡人は、たった一度でも煮え湯を飲まされたら、もうお付き合いしたくありませんね。気配を感じたら、すぐさま全速力で逃げ出したいです。
ところが、食うか食われるかの戦国時代、現在の栃木県佐野市に、何度寝返っても降伏を許され、したたかに生き抜いた武将がいます。それが本作の主人公、佐野昌綱です。
彼の死後、江戸時代初期に佐野家が改易された事情もあって、あまり資料が残っておらず、不明点、矛盾点も少なくないのですが、昌綱は当主となってからの十数年間で、十回以上の戦に巻き込まれながらも、凌ぎ切りました。
しかも相手は、戦国を代表する英雄。
北からは越後の龍・上杉謙信、南からは相模の獅子・北条氏康です。関八州の覇を競う両雄は、北関東の要衝を相手より先に押さえようと、離反した昌綱の居城を大軍で繰り返し攻めました。唐沢山城の戦い、と呼ばれています。
昌綱のせいではなく、時代と場所が悪すぎたのです。
軍神と称えられる謙信が越山し、関東各地へ侵攻して荒らし回り、やがて越後へ引き上げると、氏康が鬼の居ぬ間の洗濯とばかりに失地を回復する。このいたちごっこが、関東では長らく続いていました。