
政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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トランプ大統領が予告していた「地球を揺るがすような重大発表」の中身は、「処方薬や医薬品の価格を引き下げる」ことでした。歴史的な転換となる「重大発表」の予告という思わせぶりの前口上に、肩透かしをくらった感じです。
ただ、トランプ大統領を思いつきで動く暴君、現代の専制君主と揶揄して溜飲を下げるだけでは怠慢の誹りを免れないでしょう。なぜなら、トランプ現象を通じて米国以外の世界が米国に抱き、期待してきたイメージと米国が自らに思い描くイメージとが決定的に食い違い、反米的なムードが高まりながらも、トランプの米国は何を目指し、世界を作り変えようとしているのか、その把握が疎かになっているからです。
その点で示唆的なのがヘレン・トンプソンの『秩序崩壊』という本で、彼女は「エネルギー」「グローバル金融」「民主主義」の歴史を軸に世界の政治システムの混乱を読み解いています。特にエネルギーの観点から「トランプ2.0」の目指すものが何であるのか、クリアになっていきそうです。
トランプ大統領が、2期目就任後の本格的な外交として選んだのは、サウジアラビア、カタール、UAE(アラブ首長国連邦)でした。ここで足場を固め、今後はイランとの交渉を進めていく可能性もありそうです。 中東の地政学を変え、イランとのディールを進めるにはロシアの協力が不可欠で、トランプ大統領がロシア寄りの停戦案にこだわるのも、石油を中心とするトランプ政権のエネルギー政策の新機軸があるからでしょう。
ロシアは、世界最大の天然資源を蔵する国です。ロシアから北極圏にかけての天然資源とその開発、さらに搬入にはロシアとの融和的な関係が不可欠です。トランプ大統領が、政権発足当初から「グリーンランド外交」発言をしたのもエネルギーの観点から見ればよく理解できます。カナダへの執拗な働きかけもその延長線上にありそうです。
エネルギーの地政学的な再編という視点から、トランプ政権の目指すものを再解釈することが必要です。ピエロ的な暴君的大統領と見るだけでは、トランプ現象は読み解けないのではないでしょうか。
※AERA 2025年5月26日号
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