レストランでリゾートバイト中の中高年の人たち(photo ダイブ提供)
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「リゾートバイトは若者」に変化

「リゾートバイトの担い手といえば若者」というかつての常識が覆りつつある。観光地などで働く50~60代が急増しているのだ。シニアらを引き寄せる魅力は何なのか。

【図】リゾートバイトで働く50歳以上は2年間で4倍近くに急増

 リゾートバイトの人材派遣会社「ダイブ」(東京都新宿区)によると、リゾートバイトで働く50歳以上の就業者数は、2022年に199人だったのが24年には759人と2年間で4倍近くに急増している。何がシニアらをリゾートバイトに引き寄せているのか。

ダイブの調査から作成

保育園長だった女性は日光と阿蘇へ

「前職の保育園の運営会社には『50歳を機に新しい働き方をしたい』と申し出て退職しました」

 こう打ち明けるのは、昨年3月まで保育園の園長だった女性(51)だ。昨年5月から今年1月まで栃木県日光市の鬼怒川の宿泊施設でレストランサービスの仕事を、今年2月からは本県阿蘇市の宿泊施設で同様の仕事に就いている。

 女性が園長の仕事を辞めてリゾートバイトに就いたのは、さまざまな要因とタイミングが重なったことによる。最も大きかったのは子どもの自立だ。女性には4人の子がいるが、一番下の息子が昨春就職した。園のオーナーと保育士の間に立つ中間管理職的な園長の立場にストレスもたまっていたという。

「園長の仕事も6年間続け、『石の上にも三年』を2回もこなしたんだからもういいんじゃない、と友人たちにも背中を押されました。生き方や働き方に変化がほしいと考えたとき、真っ先に浮かんだのがリゾートバイトでした」

子育てと仕事に邁進してきた時期が過ぎ、自分のために経験を重ねたいと考えるシニアは多い(photo gettyimages)

離婚後は子育てと仕事に精一杯

 女性には、リゾートバイトでお金をためては海外旅行に出かける同年代の独身の親友がいる。この親友から、リゾートバイトの楽しさをたびたび聞き、その都度うらやましいと感じていたが、「私には家族もいるからそういう働き方はできない」と諦めてきた。十数年前に離婚した後は働きながら子育てするのに精いっぱい。自由な時間はほとんどなかった。東北の自宅では70代の両親も同居している。

「両親が元気でいてくれる今のうちに、と思い切ってリゾートバイトに登録しました。今は時間が流れていくのが惜しいと感じるぐらい、貴重な経験をさせてもらっています」

 最大の魅力は職場環境だという。鬼怒川の職場のレストランではジャズやクラシック音楽が流れる中、一面ガラス張りの窓越しに映える雄大な山並みを満喫しながら勤務した。阿蘇の絶景も楽しんでいる。

「お金を出して旅行に来る人たちがたくさんいるような素晴らしい環境で働き、暮らすことができて給料までもらえるのは本当にありがたい。見知らぬ土地は新鮮で、家族と離れて一人で過ごす解放感は最高。ご褒美のような時間です」

 女性には学生時代にスキー場のレストランで住み込みのアルバイトをした経験もある。バイト仲間とワイワイ声を上げながら一緒に賄い料理を囲んだシーンなど楽しい思い出が残る。今は当時の青春を取り戻しているような感覚もあるという。

「休日は勤務先周辺の観光スポットを訪ねて回ったり、県外の観光地へ移動する際は節約のため車中泊も経験したりして趣味の神社巡りを楽しんでいます」

 配膳や接客の仕事にもすぐに慣れた。前職の名残で小さな子ども客にはつい敬語ではなく、「ありがとう」「バイバイ」とフレンドリーな声をかけてしまうが、それも喜んでもらえる。家族連れが旅先で楽しそうにしている雰囲気に触れられるのも働く喜びにつながっている。インバウンド客に英語でコミュニケーションをとる若い同僚をうらやましく感じ、自分も英語の勉強をしたいという思いが膨らんだ。

収入半減も娘との仲が改善

 最もうれしかったのは、鬼怒川の宿泊施設に娘夫婦が孫を連れて泊まりに来てくれたこと。施設側のはからいでその日は休暇をもらい、一緒に食事や観光地巡りを楽しんだ。

「じつは娘とは思春期以降、あまり仲が良くなくて、一緒に旅行したこともなかったんです。まさかこんな時間がもてるなんて……本当にいい思い出になりました」

 とはいえ、収入は園長時代の手取りのほぼ半額。それでも女性は「今はお金よりも経験を優先したい」と考えている。ただ、鬼怒川でも阿蘇でも住み込みで食事も提供されるため、生活費はほぼかからないという。

 少し気になるのは東北の自宅で同居していた両親のこと。50歳を過ぎて「第二の青春」を謳歌する娘の動向に不安を隠さない両親には、帰宅するたび「帰る家はここ。今はあちこちに出張に行っていると思って」と伝え、心配をかけないように努めている。女性は朗らかな笑みを浮かべ、こう話した。

「ただ、帰宅すると父は『おかえり』と言わず、『いらっしゃい』と嫌みを言うんです。でも、私はもうしばらくこの幸福な生活を続けていたいんです」

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