まつやま・ともかず:岐阜県国府町(現・高山市)生まれ。2002年に再渡米しニューヨークを拠点に創作活動を行う。今回が東京で初の大規模個展となる/《Passage Immortalitas》2024年:ボッティチェリの《チェステッロの受胎告知》をモチーフにした大作(撮影:山本倫子)
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 ニューヨークを拠点に創作活動を行う現代美術家・松山智一。東京初の大規模個展を開催中だ。常にマイノリティーとして生きてきた彼は今、二項対立が溢れる世界への軽やかな反撃を見せている。AERA 2025年4月21日号より。

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 注目の現代美術家・松山智一が、「麻布台ヒルズ ギャラリー」において東京初の大規模個展を開催している。2002年に単身渡米し、ニューヨークで暮らしながら最初はカフェでの展示からスタート。その後は一歩ずつ階段を上って、日本をはじめ欧米やアジアで多くの展覧会を開催してきた。今ではスタジオに30人ものスタッフを抱え、大作を次々に発表する人気の美術家である。

 松山の特徴は岐阜県国府町(現・高山市)という地方生まれながら、父がプロテスタントの牧師、母が敬虔なクリスチャンというキリスト教文化の中で育ったことであろう。小3になるタイミングで、父がキリスト教の勉強をするため家族で渡米。小6で国府町に戻ると中学からはミッション系の全寮制中高に学び、大学もミッション系の上智大学に進んだ。美術の専門教育は受けていない。

 彼の作品にはキリスト教的な文脈が色濃いが、同時に古いものを大切に守ってきた高山市の文化や日本美術の影響もあり、一見ポップな表現や色遣いの中に日本文化らしい情緒も感じられる。その中に多様な問題意識が盛り込まれている点に特徴がある。

ちりばめられた暗喩

 たとえば今回展示されている新シリーズのタイトル「First Last」は、イエス・キリストが自分の弟子たちに伝えた言葉(「マタイ福音書」)である。チラシにも使われている《Passage Immortalitas》は、ボッティチェリの名画《チェステッロの受胎告知》の引用だ。大天使ガブリエルに受胎したことを知らされるマリア。それを松山は現代の男女に置き換えた。室内には食べかけのピザやポテトチップス、プロテインの袋が散らばり、資本主義のシステムやそれがもたらす荒廃も暗示する。壁には日本美術を引用した絵が飾られ、テーブルにはキティちゃん模様の箱も置かれている。

 このように画面いっぱいに展開される数々の「暗喩」は、見る者の読解力を問いつつ、無条件の楽しさをももたらしている。しかしこの作品は、単に舞台を現代に置き換えてポップに表現したものではない。

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