姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 内乱罪の被告とされた尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が釈放され、あたかも凱旋将軍のように迎え入れられたことは韓国の深刻な分断を浮き彫りにしました。まるで韓国内に38度線が走っているようで、今後の展開次第では内戦前夜のような混乱に陥るかもしれません。

 特に由々しいのは、軍の士気が落ち、それが一触即発の危機の引き金になりかねないことです。今回、米韓合同演習で軍の戦闘機が爆弾を住宅街に投下するという不祥事が発生しました。入力ミスによる誤爆という発表ですが、38度線より北に投下されていたら、南北の全面衝突に発展しかねない危機を孕んでいました。

 韓国では1987年の民主化宣言以来、シビリアンコントロールが浸透し、映画「ソウルの春」のような軍の政治介入はありえないとされてきました。しかし、逆説的にも制服組ではなく、背広組の頂点に立つ大統領が、シビリアンコントロールを逆手にとって市民社会を制圧することもありえることを示したのです。

 いずれにせよ、大統領弾劾の可否は、どちらの判決が出ても大統領擁護派と大統領反対派との対立をエスカレートさせそうです。また、大統領選出が行われるとしても、最有力候補の共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)代表が、控訴審判決で被選挙権停止に追い込まれた場合、大統領選挙は混沌とし、韓国の統治能力は著しく低下するでしょう。

「ウクライナ戦争」の停戦が実現し、地政学的な危機が東アジアに移った時、脆弱な焦点である朝鮮半島の動向は、日本の平和と安全にも直結せざるを得ないはずです。南北の不測の事態を管理しつつ、南北の安定的な共存を実現するにはどうしたらいいのか。トランプ大統領の出方が読めないとすれば、まずは日韓の間で協力関係を構築して不測の事態に備えるべきです。そのためには、過去の歴史や諸問題に取り組みつつ、他方で地域の安全保障や地政学的な危機に共同で対処できる仕組みを作る、こうしたツートラックによる日韓協力の枠組みが緊急の課題です。折しも、今年は日韓条約締結から60年です。この節目を逃さず、両国とも大きく前に踏み出すべきです。

AERA 2025年3月24日号

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