監督として最後の試合となった昨年の最終戦後にあいさつする立浪氏
この記事の写真をすべて見る

 「名選手、名監督にあらず」という格言がある。名選手が監督になったとき、必ずしも好成績を残せないという意味だが、球史には名選手であり、なおかつ名将となった人たちも多い。野村克也氏、落合博満氏、原辰徳氏、工藤公康氏らは現役時代に名選手として活躍し、指揮官となってからは名将と呼ばれる成績を残したと言えるだろう。

【写真】阪神の監督としての最終戦後、花束を受け取る金本知憲氏

 一方、格言に当てはまる結果になってしまったのが、22年から中日の監督に就任し、球団史上初の3年連続最下位に沈んで、昨年辞任した立浪和義氏(55)だ。

 立浪氏は、現役時代は天才的な野球センスで通算2480安打をマーク。487本の二塁打はNPB歴代最高記録だ。「ミスタードラゴンズ」と形容されてファンから熱烈な支持を受けたが、指揮官としてなぜ成功できなかったのか――。中日を長年取材しているスポーツ紙記者はこう振り返る。

「広いバンテリンドームを本拠地に置くのでいかに失点を防ぐかがポイントになりますが、数字に表れないプレーを含めて守備、走塁でのミスが最後まで目立ちました。この点、立浪監督と同じタイミングで就任した新庄剛志監督の下で、日本ハムの選手たちのプレーの精度がどんどん上がったのと対照的でした。3年経った時にその差は歴然としていましたね。打撃も三振を嫌がり、小技やバットに当てることを重視した選手が目立ち、相手バッテリーは脅威に感じられませんでした。得点圏に走者を進めてもどう点を取るかイメージできず、ベンチワークが機能していたとは言い難い」

辛抱強く起用した若手が頭角を現した

 ただ、この記者は立浪氏の別の手腕を評価する。

「立浪監督が就任して素質を見出だされた選手が多いことは事実です。我慢強く起用された若手たちが中心になり、チームが上昇気流に乗った時に、選手の才能を見出し、育成する手腕が再評価されるかもしれません」

 就任時に二遊間のレギュラーだった京田陽太、阿部寿樹をトレードで放出するなど、大幅な血の入れ替えを断行した際には批判の声が上がったが、中・長期的な視点でチーム再建に必要だと感じたのだろう。辛抱強く起用した若手の村松開人、福永裕基、田中幹也が頭角を現した。就任1年目で外野のレギュラーに抜擢した岡林勇希は最多安打のタイトルを獲得した。現役ドラフトでDeNAから移籍した細川成也は起用にこたえて大ブレークし、チームに不可欠な存在になった。

「ロドリゲス、尾田剛樹を育成から支配下に昇格したタイミングは正直、早いかなと感じましたが、野手陣の育成に置いては一定の評価ができると思います。投手陣は弱体化したという見方が多いですが、梅津晃大を先発で一本立ちさせたいという思いが伝わってきました。松木平優太にも何度もチャンスを与えていましたしね。立浪さんは指導者より、ドラフトやトレード戦略でチームの編成を統括するGM(ゼネラルマネージャー)が向いていると感じます」(スポーツデスク)

次のページ
監督経験者がGMを務めたことがある中日、阪神