「窓口で『今日はお手色がお悪いですね』と駅員さんが客に話しかける場面がサザエさんにあった」と件(くだん)の友人が言う。もうこの世にはいない母は「サザエさん」好きで全集を揃え、いつも一緒にページをめくっていたのだという。
「お手色」という言葉は初めて聞いたが、自動券売機のない時代に切符を渡す際、毎朝毎晩窓口で客の手を眺めていた証なのだろう。志の輔師匠の落語はいつもここではないどこかへ連れていってくれるが、それは懐かしい家族や街の風景でもあったりする。
「来年、帰国したら父を誘って絶対行くわ」と彼女は言ってロンドンに戻っていった。
当日観た演目は、これ以外に「神子原米」(石川県神子原の無農薬米をローマ法王に献上、村おこしに奔走したアイディアマンの話)と「文七元結」(酒と博打で稼業をなまけた左官の長兵衛が吾妻橋で身投げしようとする若者文七を助ける話)の二題だった。
「志の輔らくご in PARCO」は1カ月で1万2千人の動員。TOKYO FMのゲストにお迎えした際、ロングランでも毎回初演のつもりで臨むとおっしゃっていた。「お客様とは一期一会」と。数年前のコロナの時期だった。
「いつもの半分のお客様の前でやったこともありました。(会場制限で)市松模様になった座席で聴いて下さるのに感動しました。大きな拍手に囲まれ、マスクの下の笑顔を想像しながら、一期一会はお客様がいてこそと教えてもらったんです」
(文・延江 浩)
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