政府や財界も後押し

 こんな状況を変え、適正な分配政策を訴えているのが早稲田大のスズキ・トモ教授だ。

 スズキ研究室の調査では、自社株買いはこの10年間で5倍の10兆円規模になった。東証上場企業の23年度の配当は総額約20兆円で17年度の13兆円から大きく伸びた。企業が支出する賃金や研究開発費が微増なのに比べ、その異常さを訴える。

 適正な分配策の一つが、従業員への株式報酬だといい、政府や財界でも後押しする動きは広がりを見せている。

 金融庁は23年3月期以降の有価証券報告書で人材育成に関する方針や研究制度などの環境整備について盛り込むよう義務付けた。従業員を厚遇することが業績回復につながるというメッセージを出した。

 経団連も動く。24年1月に「役員・従業員へのインセンティブ報酬制度の活用拡大に向けた提言」を公表。従業員を含めて株式を使った報酬を活用して、日本の生産性向上やイノベーションにつなげることを訴えた。経団連のねらいは、グローバルに戦える優秀な人材の確保で、優秀な従業員を対象にした制度を念頭に置き、分厚い中間層の形成を訴える。

 これらの動きを受け、法務省も本腰を入れ始めた。従業員に株式の無償譲渡をしやすくする制度をつくるため、今春から会社法改正に向けて専門部会を設置する意向だ。

 最大の焦点になるのが、賃金との兼ね合いだ。

賃金の代わり?警戒

 労働側から、株式報酬という仕組みに対して「賃金の代わりにされるのでは」と警戒する声もあるという。労働基準法で、賃金は通貨で支払うことになっていて、株式で払うことは禁じられている。このため現在、従業員に実質的な株式報酬を出している企業の多くは賃金ではなく、「福利厚生」という名目で対応している。法務省も福利厚生という位置づけは維持しながら制度を作り上げる考えだ。

 経営陣など役員への株式の無償譲渡は2019年に改正された会社法で道が開かれた。役員の場合、人数も少なく、業績との関連も強い。株主も理解しやすい。従業員は人数が多く、株式を新規で発行したり、市場で買い付ける際、価格にも影響を及ぼす可能性もある。

 法務省は「1~2年間の議論は必要」(幹部)としており、早くとも国会の審議は再来年の通常国会になりそうだ。

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海外に利益が流出