『THE BASEMENT TAPES』BOB DYLAN and THE BAND
『THE BASEMENT TAPES』BOB DYLAN and THE BAND
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The Bootleg Series Vol.11
<br />『THE BASEMENT TAPES “RAW”』BOB DYLAN and THE BAND
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『THE BASEMENT TAPES “RAW”』BOB DYLAN and THE BAND

『THE BASEMENT TAPES』BOB DYLAN and THE BAND
『THE BASEMENT TAPES』BOB DYLAN and THE BAND

 1993年の夏、これといった理由も目的もなくニューヨーク州アルスター郡ウッドストックを訪ねたことがある。マンハッタンから北に向かってゆっくりと車を走らせ、3時間ほど。そこは、森のなかの、文字どおりのスモールタウンだった(行政区分上も、シティではなくタウン)。その美しい自然と、静かな環境が19世紀の末ごろから多くの芸術家たちに愛されてきたそうで、かなり大雑把ないい方だが、北軽井沢に近いものを感じた。

 1965年秋から66年春にかけてザ・ホウクスとともに大規模なツアーを敢行したボブ・ディランは(この間に『ブロンド・オン・ブロンド』を完成させている)、オートバイ事故が原因で、妻サラと暮らしていたウッドストックの自宅に半ば引きこもることとなった。負傷の程度などは明らかにされなかったようなのだが、ある種の口実でもあったのか、彼はその後に予定されていたツアーをキャンセル。しばらく、一人の市民としてスモールタウンでの静かな暮らしを楽しんだのだった。そして、翌67年、彼に呼び寄せられる形で、そこにホウクス、のちのザ・バンドのメンバーが合流する。

 ザ・ホウクスはアーカンソー出身のロカビリー・シンガー、ロニー・ホウキンスのバンドとしてスタートしている。50年代末、同郷のドラマー、リヴォン・ヘルムを含むバンドを率いてカナダに拠点を移したホウキンスは、「本場の歌手」として話題を集めることとなった。この間、何度かメンバー交代があり、最終的にはリヴォン以外はカナダ人(ロビー・ロバートソン、リック・ダンコ、リチャード・マニュエル、ガース・ハドソン)という編成に落ち着く。若い彼らはそこで経験を積み、腕を磨き、結局はホウキンスから独立。リヴォンを中心に一つにまとまり、北米各地を回る旅のなかから多くのことを学んでいったのだった。

 そして、前回のコラムでも書いたとおり、ジョン・ハモンドJr.らからの推薦もあってディランのツアーやレコーディングに加わることとなった彼らは(途中でリヴォンが離脱してしまうのだが)、絶対の自信を持っていたはずの演奏力にさらになにかをプラスする方向へと進んでいった。67年冬の再合流はきわめて自然な流れだったのだろう。

 彼らは5月ごろからディランの家でほぼ日課としてのセッションを開始。当初はトラディショナルや古いフォークなどが中心だったが(ディランの知識にロビーたちは驚いたという)、メンバーたちが暮らす家「ビッグ・ピンク」の地下室に移ったころからはオリジナル曲中心となっていく。大半は、その場で書かれた歌詞を形にしていったもので、《ミリオン・ダラー・バッシュ/百万弗大騒ぎ》に代表されるように、楽しむことが基本だった。また、のちに『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』にも収録される《ディス・ホイールズ・オン・ファイアー》や《ティアーズ・オブ・レイジ》のように、書き上げてあった歌詞をメンバーに渡し、仕上げを任せたものもある。

 終盤にはリヴォンも合流したこのセッションは、技師的イメージの強いガースによってオープンリールのテープレコーダーに録音され、大量の音源が残された。正式な発表はなかったため、多くの海賊盤を生むこととなったが、75年夏、24曲入り2枚組の『ザ・ベースメント・テープス』としてようやく作品化されている。

 ただし、そこに収められた音は75年時点の技術でオーヴァーダビングなどの処理が施されたもので、さらにはザ・バンドだけの録音が8曲も収められていたこともあり、「?」という人も少なくなかっただろう。そういった不満や疑問が解消されたのは、ほぼ40年後の2014年。ブートレッグ・シリーズ第11弾としてリリースされたもので、2枚組RAWは38曲、6枚組COMPLETEは139トラックという構成。ガース・ハドソンも協力し、地下室で聞こえていた音を可能なかぎり再現したという。

 サイケデリック、ラヴ&ピースといった潮流からあえて距離を置き、静かなスモールタウンでひたすら楽しみつつ音楽に打ち込んでいたディランとホウクス。このあと彼らは、それぞれの道に戻り、『ジョン・ウェズリー・ハーディング』と『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』を世に送り出すこととなる。[次回10/5(水)更新予定]