さらっと書いてあるので読み飛ばしてしまいそうになりますが、これは非正規雇用で大変な思いをしている女性なんだろうという読み方もできるわけです。
本作では冒頭に「(彼女の)名前だって顔だって思い出せない」とありながら、彼女の鼻の脇に小さなほくろが二つ並んでいたことや、コートの色が淡いグリーンで丸い襟にスズランの銀色のブローチがついていたことまで回想されている。語りが信用ならないのも村上文学の特徴の一つです。この女性も簡単に「僕」と一夜を共にするので、いつものスタイルとも言えますが、そこをかいくぐって読むと、女性についていかに細かく書いているかがわかると思います。
登場人物の女性たちが何を語って、何をしているかに再注目すると、新しい読み方ができるのではないでしょうか。まだまだ発見の宝庫だと思っています。
(構成/編集部・大川恵実)
※AERA 2023年4月17日号