戦後から日本人が信じてきた「アメリカ教」
日本の国民は、台湾周辺で軍事演習を行う中国軍を見ては恐怖感を募らせ、反中感情を強める。そして、中国に対する経済制裁などで厳しく対応する米国は、中国という悪から日本を守ってくれる守護神としての地位を高めているわけだ。
こうした国民世論を背景に、中国と仲良くすれば媚中派というレッテルを貼られ、悪をのさばらせるのかとネットで炎上する。
右翼議員やネット上での右翼的な石破批判が盛り上がれば、一般の国民も、「やはり、中国に近づくのはやめてほしい。あんな国と仲良くしないで米国との関係を重視してほしい」という考えに傾いていく。
少数与党で綱渡りの国会運営を強いられる石破首相としては、夏の参議院議員選挙の前にこれ以上支持率を落とすのは避けたいところだ。トランプ氏のご機嫌もとって軋轢を回避しなければならないと考えたくなるだろう。
そうなれば、結局は、武器の爆買い、防衛費のさらなる拡大、南シナ海などでの米軍の負担の肩代わりなどを自ら行い、米国の対中制裁強化にも追随させられる。その結果、日中関係改善も足踏み状態に陥り、対米自立も後退ということになる。元の木阿弥だ。
そこで、カギとなるのは、前述した嫌中親米の国民世論をどうするかである。
中国が絶対悪で米国が絶対善という観念は長期間かけて形成されてきた。特に、米国が正義という観念は、敗戦以来一貫して日本国民の多くが信じてきた「アメリカ教」の根本理念である。80年かけてできたものは変えられないのではないかとも思える。
しかし、今回のトランプ大統領の登場は、米国がこの根本理念を覆す絶好の機会なのではないか。
米国は民主主義の教科書だ、日本は米国と価値観を共有している、米国のようになれば幸せになれる、と教え込まれた国民は、その理念とあまりにもかけ離れた今日の米国とそのリーダーの姿を見て、これまでの「常識」は日本人が勝手に作り上げた「幻想」だったことに気づくきっかけを得たのだ。
トランプ氏の言動は、日米が共有しているはずの価値観とは正反対の内容ばかりだ。
性的暴行が認定された人権無視と女性蔑視、選挙結果を暴力で覆そうとした反民主主義と専制主義、犯罪行為のデパートと言われる倫理観欠如、イエスマンを重用し反対者を脅す恐怖主義、世界中に関税引き上げを宣告する自由貿易の否定、他国の領土を武力で奪うことを否定しない拡張主義・戦争主義などなど。
同氏の悪質なところは、正常な倫理観・常識を否定することが、相手に「トランプは何をするかわからない」という恐怖感を与えることを計算して、自己に有利なディールに持ち込む手段として使っていることだ。
米国という世界最強国だからできることで、米国相手に同じような作戦を取れる国は、核を使うぞと脅しをかけるプーチン大統領のロシアのしかいない。
カナダのトルドー首相が、25%関税を予告されて、慌ててトランプ氏のご機嫌伺いに出向いたのは、国内政治状況もあるが、何よりも恐怖心に駆られてのことだったのではないか。
日本は最近までトランプ氏の関心の対象に入っていないように見えた。