「この仕事を続けていい」と自分で自分を許せた

 そして、取材を続けていると「この前テレビで、どこかの避難所で自治会ができたのを見て、うちの避難所でもやってみることにした」とか「体力作りの大切さを知って、うちの避難所もラジオ体操を始めました」とか、テレビで見て、聞いて、新しいことにチャレンジする避難所が増えてきたことを実感しました。私の出した一つの情報から小さな波紋が広がっていくような、そんな体験をしたのです。

 これは、私にとってアナウンサー人生を変えるほどの衝撃的な出来事でした。これまで、災害現場で直接役に立っているように思えなかった「放送」という仕事も、役に立つことがあるのかもしれないと思えたのです。それを自分なりに感じとることができたことは、その後、私がこの仕事を続けていいんだと自分で自分を許せた大きな出来事でした。

 今でも私は何かに迷ったとき、必ずここに戻ります。阪神・淡路大震災は今でも私の放送の原点なのです。いつも、あの畳一畳の上に座ってカップ麺を食べていたおばあさんの姿に立ち返るのです。

 私たちはその後たくさんの災害を経験しました。阪神・淡路大震災から30年といった節目の年に、こうして再び思い出し、忘れずに考え続けることが大切だと思います。

 何年たってもそのときに受けた傷は完全に癒やされることはないのかもしれないけれど、やはり自分のできる形で考え続けたいし、伝え続けなければと思います。

 今月の「100分de名著」は、ご覧になってつらい気持ちを思い出してしまう人も大勢いらっしゃるかもしれませんが、ぜひそれぞれの立場でご覧いただきたい。私は、番組全体をどのようなトーンでお伝えしたらいいのか悩みましたが、そこは自然と私の中から湧き上がってくる声に従って決めました。そこには、私の経験とあの現場で悩んだことなど全てが反映されているように思います。

「100分de名著」『心の傷を癒すということ」のナレーターとして、スタジオの空気とみなさまお一人お一人の心をつなげられるよう、しっかりとお伝えしようと思います。

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