餅つき祭りに参加した安倍昭恵さん
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 1月13日、安倍晋三元首相の妻・昭恵さん(62)が東京新宿区の大久保公園で開催された「新春 歌舞伎町つき祭り!」に姿を見せた。昭恵さんが来ると知り、公園には大勢の人々が集まり活況を呈したが、AERA dot.は昭恵さんに直撃し「現在の暮らしぶり」や「安倍元首相との秘話」、そして「トー横キッズたちへの思い」などを聞いた。

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 昭恵さんは黄色いダウンジャケットにジーンズ、スニーカーというラフなスタイルで現れた。まず、年末年始をどのように過ごしたのかを聞くと、にこやかにこう答えた。

「年末年始は東京で年越しをしました。友人や家族と一緒に過ごしましたね。今は東京に住んでいます。山口県にも家があるので行ったり来たりしています」

 かつては、渋谷区・富ケ谷にある3階建ての自宅で、安倍晋三氏と晋三氏の母・洋子さんらと暮らしていたが、晋三氏が22年7月に凶弾に倒れ、洋子さんも昨年2月に亡くなった。自宅に1人残される形になった昭恵さんだが、「もう、富ケ谷には住んでいません」(昭恵さん)とのこと。東京の別の住まいに引っ越したようだ。

 餅つきがあった13日は「成人の日」。全国の自治体で20歳を祝う式典が開かれていた。昭恵さんが20歳のころはどんな心境だったのか。

「聖心女子専門学校の学生でした。その頃の私は、早く大人になりたい、自立したいと思っていましたね」(昭恵さん)

 昭恵さんの旧姓は松崎。父親は森永製菓元社長の松崎昭雄氏で、森永製菓の創業家一族の令嬢として育った。聖心女子専門学校を卒業後は電通に入社し、その時に晋三氏と出会い、1987年に結婚した。2人のキューピッド役を務めた元山口新聞東京支局長の濱岡博司氏は、かつて筆者にこう語っていた。

「電通の社員と2人で、晋ちゃんと昭恵さんを結びつけたんです。原宿のカフェバー『オーラ』で会うことにして、当日、私は晋ちゃんをその店へ連れて行き、電通の社員が昭恵さんを連れて行く約束だった。ところが、昭恵さんは一向に現れない。結局、1時間近くも遅れてやってきたんですよ。途中で晋ちゃんに『もう帰ろうよ』と言ったんですが、それでも、晋ちゃんは『いえいえ、待ちますよ』と言って、期待して待っていました」

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晋三氏との初デートに遅れた「真相」