タロットが「神秘」をまとう契機は1781年に訪れた。パリの百科全書派の学者、クール・ド・ジェブランと、コント・デ・メレが「タロットエジプト起源説」を唱えたのだ。端的にいうと、これはアナクロニズム的な誤りであるのだが、タロットには古代エジプトの秘儀が暗号化されているというこのロマンティックな説が多くのオカルト主義者たちのファンタジーを掻き立て、急速にタロットはオカルト化されてゆく。そしてタロットに描かれたさまざまなモチーフの象徴的な意味を深読みしていく、あるいは意識的に秘教的な意味を込めた意匠を描きこむという「伝統」が生まれたのである。こうしてタロットにちりばめられたさまざまなシンボルを、ルネサンスの寓意から人生への深いメッセージとして「解読」するという営みを楽しむことができるようになったのだ。

 例えば、今年の干支である「蛇」をタロットの中に探してみよう。今回題材にするのは、現在最もポピュラーなパックになっている「ウェイト゠スミス版」である。1909年にオカルト主義者アーサー・ウェイトが画家パメラ・コールマン・スミスに描かせたこのタロットの絵を、きっとみなさんもどこかで目にされたことがあるはずだ。

 ウェイト゠スミス版の中で「蛇」といえばすぐに思い出されるのは、「恋人」の札にみられる蛇である。

 19世紀までの伝統的なタロットの「恋人」には、キューピッドが弓矢を向ける恋人たちが描かれるのが通例であったが、ウェイト゠スミス版では、大天使が祝福する下で、アダムとイヴが描かれている。アダムはイヴを見つめているが、イヴは天上の大天使を見つめている。イヴのそばに立つ樹には蛇がまきついてイヴを誘惑しているようにみえる。キリスト教では蛇は言わずと知れたサタンの化身である。しかし、このタロットを制作したウェイトは、イヴの堕落をオーソドクスな解釈とはかなり異なるかたちでとらえている。ウェイトいわく、イヴは「神の摂理の秘められたる法則」であり、「人類が最終的に目覚めるのは、彼女に転嫁された過ちを通じてである」。深遠な神秘主義者であるウェイトの意図を正しく読み解く自信はないが、おそらくは蛇の誘惑に乗ることで、人類は新たな意識性を獲得する道へ至る、ということなのだろうか。だとすればこれは世界を創造した神は偽の神であって、知恵の実を食べさせ、人間を無知蒙昧な無意識状態から覚醒させた蛇こそ、真の神であるとみなした古代の異端、グノーシス派の思想と繋がる発想であると言えるかもしれない。

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