和歌山県のある市町村の住民約3000人を対象として行われた「主観的な精神健康度と身体健康度、社会生活満足度および生きがい度との関連性」という研究では、高齢者ほど生きがいが低下することが報告されている。そして、高齢期の男性は、生きがい度の低さが精神的な健康度の低さに強く影響しているという報告が得られた。この研究では、とくに高齢期の男性では、家庭や社会での自己の存在意義(生きがい)が十分に見出されていることが、精神的な健康度に大きく影響するという指摘もある。

 ほかにも、7年以上にわたり、60 歳以上75歳未満の約1000人を対象に行った研究では「歩行習慣、睡眠時間に加えて、生きがいがあることが高齢者の生命予後に重要な影響を与えていた」と報告されている(*1)。

 さらに、40歳以上80 歳未満の約3000人を6年以上追跡調査したところ、「生きがいがあるとはっきりいえない者、ストレスがある者、頼られていると思わない者はそうでない者に比べ、年齢、喫煙、飲酒、高血圧の既往歴を調整しても循環器死亡のリスクが上昇していた」という結果も出ている(*2)。

折茂肇(おりも・はじめ)医師/東京大学医学部老年病学教室・元教授、公益財団法人骨粗鬆症財団理事長、東京都健康長寿医療センター名誉院長(撮影/写真映像部・松永卓也)

なぜ、生きがいがあると健康になるのか

 紹介したように、生きがいが健康長寿につながるという報告は多い。では、生きがいがあることが、どのようなメカニズムで健康につながるのだろうか。それについてもいくつかの研究報告があるようだが、生きがいの研究というのは難しい側面もあると思っている。なぜなら、何を生きがいとするかは人それぞれであり個人差が大きいものであるからだ。また、生きがいとは主観的でスピリチュアルなものでもあることから、医学的に研究することは難しいのではないかと思うのだ。

 ただ、私の医師としての経験もふまえて考察するに、生きがい、つまりは楽しいこと、熱中できること、あるいはやるべきことがあると、気持ちに張り合いが生まれ、精神的に満たされる。もしくは前向きな気持ちになれる。

 心が元気になれば、行動も変わる。日々の生活にも意欲的になり、積極的に人と関わったり、社会的な活動に参加したりもするようになる。さらには、いつまでも健康でいられるようにという意識も高まり、運動をしたり、食事に気を配ったりということもするようになるかもしれない。その結果、心も体も健康になり、長生きできるというストーリーが成り立つのではないだろうか。

 正直なところ、現代医学でそのメカニズムは説明できない。人体に関する多くの不思議がいまだ解決されていないように、生きがいは医学を超えた神秘的なパワーなのだ。小難しい理屈は抜きにして、そのパワーを信じてみる価値はあるだろう。

「これをしたら体によくないからやめよう」とか「健康になるためにこうしなければ」などと考えて義務的に運動や食事といった生活習慣を改善するのは、楽しくないし、つらいだけだから長続きしない。でも、自分の好きなことや楽しみを見つけ、それに打ち込むことで自然に健康になれるとしたら、そんなハッピーなことはないだろう。

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