たまたま読んだ一冊。今年5月に出た秋谷りんこの『ナースの卯月に視えるもの』(文春文庫)は面白かった。
13年看護師として働いた経験のある著者のデビュー作。
なんといっても、この本の素晴らしさは、看護師の仕事の機微がうまくかけていること。
看護師といっても、どの部門に配属されるかでぜんぜん違う。長期療養病棟に配属された優等生の新人看護師は、おもてに感情をださない。教育役の看護師は悩むが、徐々にその感情がわかってくる。長期療養病棟で、患者がよくなることはめったにない。いかに看取るか、という点が重視される。「私は子供の頃、心臓を治してもらったことをきっかけに看護師になりたいと思いました」「そのことを考えると、どうしようもなく辛いんです」。
著者自身、実習時代に担当していた患者が急変してなくなった経験があることがあとがきで明かされている。
昨日まで一緒に過ごしていた患者さんが、今日にはもういない。頭ではそういうこともおこると理解していたはずだが、「その場でボロボロ泣きました。もう私にできることは何もないと打ちのめされました」と、描かれてきた患者をうしなう時の看護師の感情は、実は著者自身が経験したことだとわかるしかけになっている。
私が6月に出した医療ノンフィクション『がん征服』でも看護師さんに話を聞こうとしたのだけれど、適切な看護師さんになかなかたどりつくことができなかった。ひとり話をきけた人がいたのだけれど、この人は急性期をみる人で、その後のことは、わからない、ということがわかったりした。
登場人物の感情のひだまで入り込むのは、ノンフィクションの場合とてもたいへんだ。
そんなことを考えながらこの本を読んだ。