秋谷りんこさん(撮影・和仁貢介)

『オール讀物』隔月刊化の中で

 そんな秋谷の作品は支持をえている。一作目は1万2000部から始まったが、現在7刷4万1000部。11月に発売された『ナースの卯月に視えるもの2』も発売5日目で重版がきまった。

 秋谷のデビューの経路は、これまでの文藝春秋の小説の登竜門をへていない。文藝春秋の場合、『オール讀物』というかつて娯楽小説の王者と呼ばれた雑誌があり、その新人賞からデビューするというのがひとつのルートだった。『オール讀物』は昔から短編読み切り中心の編集方針だったが、部数の下降が赤字ラインに達するようになると、単行本や文庫にしてグロスで利益をとろうというふうにビジネスモデルが変わっていった。

 そうしたときに編み出されたのが、連作短編という手法だった。ひとつひとつは短編として成立しながら、同じ世界観の小説を書くことで、本にしやすい。

 しかし、そもそも紙の雑誌にのる小説は、伝統芸能の世界で、新しいトレンドをつかまえにくくなってきた。あの栄光の『オール讀物』もこの6月から月刊から隔月刊になってしまった。そうすれば、赤字が半分になるからだ。

 秋谷の『ナースの卯月に視えるもの』も、連作短編の形をとっているのだが、しかしこれは雑誌に連載されたものではないのだ。秋谷は雑誌に連載をしたことがない。

 秋谷は、不妊治療と看護職の両立が難しく、体調を崩し、休職の後、看護師の職を2017年にやめている。一時は家に引きこもり、電車にも乗れないくらいに精神的な不調が深刻だった。

 そうした中で癒しになり、セラピーにもなったのが、noteというプラットフォームに短い文章を書くことだった。

note創業者は菊池寛を意識していた

 noteについては、このコラムがサンデー毎日に掲載されていた時代にいちどとりあげている。元ダイヤモンド社の編集者加藤貞顕がたちあげたクリエーターのためのプラットフォームだ。だれでもアカウントを開けばnoteに漫画でも小説でもエッセイでもノンフィクションでも発表することができる。クリエーターは自分のコンテンツを有料で課金しようと思えばできるし、無料でも公開することができる。ウェブの無料モデルのニュースサイトのようなうざい広告が入らないので、読みやすい。

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