80後世代がFIREするのは、
単なる一個人の選択ではなく、中国の社会問題


 このような社会の状況なので、いま中国で定職に就いている人は「人生の安全運転」を志しがちだ。つまり、「転職しない、投資しない、消費しない、現金が一番」という考え方である。

 今回話題になっている夫婦について、大学で教える筆者の知人は、「この議論の真髄は、二人の貯蓄や利息の金額ではない。注目すべきは、この夫婦が80後(バーリンホウ)世代であることだ。現在30~40歳代のこの世代は(中国に)2億人ぐらいおり、働き盛りで消費力があり、経済をけん引し、社会に大きな影響を与える存在である。この年齢で300万元もの貯金を持っている彼らは、中国の典型的な中間層だ。この層が将来に悲観し、働かず、消費活動をしなくなったら、経済はどうなっていくのか。若者が将来に希望を持たなくなることは、それこそ国にとって大きな懸念だ」と指摘する。


 日本や米国では、誰かがFIREしたとしても、それは個人の人生の選択であり、その人の自由だと周りの人は考えるだろう。しかし中国版FIREといえるこの事例に対し、中国の世論は大きく反応し、議論が巻き起こった。それはこの夫婦の選択が、現在の中国のさまざまな経済・社会問題をあぶり出す象徴的な事例だからなのかもしれない。

 ちなみに、「300万元の貯金で、ネコとともに隠居生活する」と宣言した陳さんは、テレビや新聞などさまざまなメディアに頻繁に登場させられ、一躍有名人になってしまった。話題になりすぎた結果、現在は、さまざまなプラットフォームにあった彼女のSNSアカウントはすべて、彼女自身の手で削除されたという。ネットから姿を消した彼女は、本当の「隠居」となったわけだ。

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