300冊の本を読むまでは

 さらに、環境汚染のことまで考えてしまっている。

「ゴミは捨てたいけど、ゴミは出したくないっていう矛盾があるんですよね。新品の服ばかり買っていたらゴミが増えてしまうので、最近はなるべく古着屋さんで服を買うようにしています」

 現代社会は、ゴミ捨てひとつとっても、「ちゃんと」しようとすれば、がんじがらめで大変なのだ。

 もっとも、部屋にあるのはゴミばかりではなく、たいていは必要なものだという。

「積ん読だけで、300冊くらいはあるので」

 読む予定の本が、300冊はストックされているということである。

「死ぬまでに読み切ろうと思えば、死ななくて済みそう。太宰治の小説に、夏用の服を貰ったから『夏まで生きていようと思った』という一節があるんですけど、その感覚。本があるから生きながらえる、みたいな。読み残しが多いほうが、ここに居られるというか、居る意味があると思える。本を読んで自分がアップデートされる可能性みたいなものを残しておきたいのかも。やりたいことを全部やり終えてしまったら、その後生きていくのがしんどくなりそうだから、意図的に先送りしていることは多いように思います」

 美里さんは、絶対に良いと思う本しか買わないという。300冊の本には、ただの積ん読以上の意味があるのだ。

「普通に働く」って大変

「自分は結構、必死で生きてるんですよね。『普通に働く』のって大変だなと思う。みんなどうやって普通に働いてるんだろう?」

 美里さんが「生きづらい」と思うということは、おそらく多くの人が同じことを思っているのだろう。それでも、夫がいるなら、金銭的な安心感はあるのではないか。

「夫ですか? まあ、2人合わせれば確かにそうかもしれないけど、財布は別々なんですよ。私は全国転勤を断ったので、薄給なんですね。最初、払える家賃の部屋を探すときに、お給料の額が結構違ったことを知って、まあそうだよなって。だから今は、夫の給料をあえて聞かないようにしています。自分との差を目の当りにしたら、ショックを受けそうだから」

 これも、女性の置かれた現実なのだろうか。

「20代で選挙に行かなかった時期があったことを後悔しています。若い人に多いと思うけど、住民票を愛知の実家から移していなかったんですよ。仕事が忙しかったし、自分にいっぱいいっぱいすぎて、投票するために地元に帰るということができなかった。まあ、今もいっぱいいっぱいですけど」 

 話し終えた美里さんは、「なんかすみません、実のない話をしてしまって」と謙遜して帰っていった。

 これほど誠実に生きている女性でも、仕事をして生きていくのは大変なのだ。私は、氷河期世代の標準値を見たような気がした。

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