横尾忠則
横尾忠則
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 芸術家として国内外で活躍する横尾忠則さんの連載「シン・老人のナイショ話」。今回は、「豊島横尾館」について。

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 行楽シーズンになりました。ぜひお薦めしたい所があります。ベネッセアートサイト直島代表の福武總一郎さんからの誘いで瀬戸内海の豊島(てしま)に「豊島横尾館」が2013年に設置されました。最近はテレビでアートの島、直島についで豊島がクローズアップされています。その豊島の玄関口に古民家を改装した「豊島横尾館」がフェリーから降りた人たちを迎えてくれます。

 神戸の横尾忠則現代美術館につぐもうひとつの個人美術館です。この美術館はスイスのアルノルト・ベックリンの「死の島」に想を得てデザインしました。僕の1970年大阪万博の「せんい館」につぐ、2館目のパビリオンでもあります。ベネッセグループ創始者の福武さんの「よく生きることは、よく死ぬことだ」という企業理念に基づいて発想したパビリオンで、福武さんはここを自らの「葬館」にしたいと考えられました。

 この頃、僕はベックリンの「死の島」をモチーフにした絵画作品の連作を制作していたので、福武さんの構想を、そのままパビリオンのコンセプトにしました。館内に設置されている作品は僕の全作品の中から、福武さん自身が選ばれたものばかりで、僕の主要作品のほとんどが展示されています。他の美術館なら絶対コレクションしないだろうと想像する死に関する作品が大半であるというのも大変興味深いです。

 そしてこの建物で僕が最も重視したのが建物の中央に立つレンガの塔です。この塔はジョルジョ・デ・キリコの「イタリア広場」に立つレンガの塔と対応しています(キリコが尊敬する作家が期せずして、「死の島」のアルノルト・ベックリンでもあります)。このレンガの塔の内部には世界中から蒐集した滝のポストカードを貼り巡らし、天井と床を鏡にすることで、天と地を無数の滝のポストカードで万華鏡にメタモルフォーゼさせてしまいました。この塔の内部に足を踏み入れたほとんどの人は恐怖的な異次元体験をしますが、何もない空間に一歩を踏み出す勇気を試されることになります。

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