哲学や思想を漫画で解説する本はいろいろある。古くは「リウスの現代思想学校」シリーズ(晶文社)、最近では「まんがで読破」シリーズ(イースト・プレス)など。だが、いしいひさいちの『現代思想の遭難者たち』は、そうした難解な思想を漫画で理解しようという本とはひと味違う。解説ではなく、現代思想をネタにしたギャグ漫画、四コマ漫画なのだ。
 もとは西洋現代思想を紹介した『現代思想の冒険者たち』全31巻の月報に連載された漫画だ。大幅に加筆して単行本として刊行したところ、本家『~冒険者たち』をしのぐ評判となり、のちには増補版も出た。そして今回、文庫化。講談社学術文庫に四コマ漫画が入るのは初めてではないだろうか。
 ハイデガーやウィトゲンシュタイン、デリダなど、20世紀を代表する思想家たちが登場する。ネタはその思想家のキーワードとなる用語や伝記的エピソードだ。フッサールの「現象学的還元」とかレヴィナスの「顔」、ベンヤミンの女癖が悪かったことなど。思想家たちの顔も似ている。しかも、ちゃんとオチがあって笑わせる。そこがイラストで図解したり漫画化した解説書とは違うところだ。思想家事典、現代思想キーワード事典としても使えて、意外と実用的でもある。編集部による的確な注もいい。
 笑いながら読んでいて、ふと疑問がわいた。いしいひさいちは、これらすべての思想家の著作を読み解き、理解した上で漫画にしたのだろうか。それとも、専門用語やエピソードを適当に拾って漫画に仕立てただけなのだろうか。前者だったらすごいが、後者だったらもっとすごい。

週刊朝日 2016年7月22日号