まず、この仕事には休みがありません。元祖 鯱もなか本店の商品は、大須の店舗で販売しているだけでなく、名古屋近辺の売店にも置いてもらっています。つまり、手土産需要が高いのです。そのため、旅行者や帰省する人が多い大型連休やお盆、年末年始など、世の中が休みのときこそかき入れ時です。
そんな繁忙期に、製造や納品を休むわけにはいきません。しかも、ほぼ家族経営なので、シフトで休みを取ることも難しい。そんな大変な思いを、子どもたちにはさせたくなかった。それが先代の願いでした。
引継ぎをかけた先代との攻防
じつは、僕は無職だった時期があります。結婚して6年経った、2017年の話です。なかなかうまくいかない転職活動や、転職できたとしても、この先もずっと世知辛い会社員人生を送っていく未来に希望が持てず、悶々とした日々を送っていた頃のこと。とにかく時間だけはあったので、転職活動の合間に先代に教えてもらいながらお菓子作りの手伝いをしていました。
前職を辞めた後、身も心も疲れ果てていた僕は、このとき純粋に「お菓子を作ることは、食べる人を幸せにすること。直接誰かを笑顔にできる仕事って、すごく素敵なことなんじゃないか」と思いました。慣れない手つきでフィナンシェを焼きながら。そして、お菓子作りに打ち込む先代の姿を見て、ものすごく大変な仕事だとは理解しつつも、この道に進むのも良いんじゃないか、素直にそう思ったのです。
そこで、まずは妻に頼んで「僕たち夫婦がこの店を継がせてもらえる可能性があるか」を先代にさりげなく聞いてもらいました。すると、返ってきたのは、「無理」のつれない一言。即答だったといいます。しかし、諦めきれなかった僕は、今度は自ら先代に「継がせてほしい」とお願いをしました。それでも答えはノー。「手伝う程度ならいいけれど、跡を継がせるとなると別だ。無理」の一点張りでした。