中学3年のときに心臓移植を受けた大崎幸一さん。移植から16年がたったいまは地元の福岡で高校教員として働く(写真:大崎さん提供)
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 臓器移植法ができて四半世紀経ち、移植件数も増えている。移植医療は「移植後の生活をどう歩むか」という新たなフェーズに入っている。AERA 2024年11月18日号より。

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 今年3月、国立循環器病研究センター(大阪府)でひとりの赤ちゃんが誕生した。体重3千グラム台。比較的順調な出産で産後も母子ともに良好な経過をたどっている──。どこにでもありそうな命の誕生だが、本人や家族はもちろん、携わった医療関係者らにとっても大きな出産だった。この赤ちゃんの母親である30代の女性は、かつて心臓移植を受けている。国内で心臓移植を受けた女性が出産するのは3例目と見られ、同院では初めてのケースだった。

 チームリーダーとして妊娠管理・出産にあたった産婦人科部部長の吉松淳医師によると、計画から出産まで、2年がかりの取り組みだったという。医学的な検討はもちろん、カップルが出産を見通して自分たちの生活や健康に向き合うプレコンセプションケアやカウンセリングも続けてきた。

医療も総力戦で出産

 女性は5年以上前に同院で移植を受けた。「出産の希望がある」ということで2年ほど前から吉松医師もチームに加わり、移植科の医師や薬剤師らと医学的な検討、本人や家族のケアにあたってきたという。

「移植後の生活に欠かせない免疫抑制剤の一部は妊娠中に投与できません。薬を変えても拒絶反応を抑えられるのか、妊娠高血圧症候群などの合併症には対処できるのか。また、出産後も2~3時間おきの授乳など、心臓に大きな負担がかかる場面があります。母親の負担をできる限り避けられる家族の態勢や覚悟はあるのか。当院では移植後の女性の出産は初めてで、新生児科や麻酔科の先生も含め総力戦で臨んだ出産でした」

 もちろん、心臓移植を受けた人皆が出産に挑めるわけではない。心臓への負担、あるいはほかの臓器の状態などから断念しなければならないケースも多いという。移植を受けた人自身がリスクを考えて妊娠を望まないこともある。それでも、吉松医師は言う。

「移植によって命をつないだ方が、また次に命をつないでいきたいという希望を持たれる思いはわかります。もし本人が望み、医学的に可能性があるならば、それをかなえられるようできる限りサポートするのも、我々の仕事です」

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