金メダル候補の一人として臨んだパリ五輪で、力を発揮できず9位に終わった五十嵐カノア(27)。五輪後、初めて帰国した彼が語った五輪への思いとは。AERA 2024年11月11日号より。
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パリ五輪サーフィン競技の3日目となった7月29日、予選ラウンド3で五十嵐カノアは、同じく優勝候補のガブリエル・メディナ(ブラジル)と対戦した。事実上の決勝とも言える一戦。波のリズムはメディナに味方した。試合終了の合図に、五十嵐は寂しさを呑み込むように、笑顔を作る。海上で、ライバルと肩を抱いて讃えあった瞬間の気持ちは、今でも覚えている。
「変な言い方だけど、自分に対して、ちょっとホッとするところもあったんです」
なぜそう感じたのか。五輪での3日間の心を振り返ると、彼の信念が見えてくる。
パリ五輪のサーフィン会場は、パリからはるか遠い南太平洋のフランス領タヒチ。開会式にはオンラインで参加した。
「東京五輪の開会式は『これがオリンピックか!』と感動してスイッチが入り、力をもらえました。でも今回は僕たちだけ別という感じがして、正直言ってちょっと寂しかったです」
五輪特有の高揚感を味わえずに競技がスタート。ラウンド1は力を出す間もなかった。
「ラウンド1は(敗者復活戦があり)負けがないので、スイッチを入れるのが遅れてしまった。『もう本番だ』『おかしいな、五輪なのにプレッシャーが感じられない』と思っているうちに終わっていました」
波から点をもらう海
追い込まれたラウンド2は、気持ちが切り替わった。
「ラウンド1の後に自分と対話をしました。僕はプレッシャーが力になることは分かっていたので、あえて自分を追い込み、『こんなところで五輪を終わりにしたくない』『みんなが期待しているんだ』と考えるうちにワクワクしてきました」
ラウンド2は、技術力の光る五十嵐らしいサーフィンで圧勝。ラウンド3の優勝候補対決に向けて、気持ちを整理した。
「トップの選手は、点の出し方や戦略がとても似ています。だからこそ、良い波に乗ることが大切でした。特にタヒチは、点を作りにいくよりも波から点をもらう海なので、自分でコントロールできない部分が大きく、技術で勝てるとは限らない。試合運びが難しい海なんです」