まるでオセロゲーム

 実は、トランプ氏がするべきことは、討論会が始まる前から決まっていた。7月13日に起きた暗殺未遂事件を振り返ることだ。

 「自分は第2の生を与えられたから、それをアメリカ国民にささげる大統領になる」

 と神妙に言えば良かったのだ。事件直後の共和党大会で行った大統領候補指名の受諾演説では、前半に事件の回顧を盛り込み、こう言った。

「(撃たれたが)直後に私は安全だと思った。なぜなら神が私のそばについていてくれたからだ」

 激戦州で誰に投票をするのか決めていない無党派層は、トランプ氏もハリス氏も最も獲得したい有権者だ。共和党大会やトランプ氏が今後行う選挙集会を誰もが見ているわけではないため、トランプ氏が彼らに訴える最後のチャンスが今回の討論会だった。しかし、彼はそれを逃した。

 結果はトランプ氏の惨敗。CNNが討論会終了後に発表した緊急世論調査によると、ハリス氏が討論で勝利したとした回答が63%、トランプ氏は37%と散々だった。

 ルーフトップバーで出会った失業中のトランプ支持者、ライアン・ルポ氏(24)も、CNNの数字が出る前にトランプ氏のパフォーマンスが悪かったことを認めた。

 「ハリス氏は、人々の心にうまく訴えた。でもトランプ氏は今まで多くの記者会見をこなしてきた。そのビデオをハリス陣営は分析して対応できたのだと思う」

 6月に行われた討論会では、当時民主党候補だったバイデン氏が、どもったりセンテンスを終わらせられないなど弱々しさを見せ、民主党関係者が真っ青になった。今回青くなったのは、共和党関係者だ。Axiosによると、討論会後のスピンルーム(メディアが候補者か候補者の代理と話ができる部屋)の雰囲気は異様だったという。

「トランプの怒りととりとめのないパフォーマンスに、共和党関係者は顔をできるだけ平静に保とうと踏ん張っていた」(Axios)

 トランプ氏自身がスピンルームに思いがけず姿を現したのは、そのカオスの中だったという。トランプ氏は、メディアにこう言った。

「今までの中でベストの討論会だったと思う」

 投開票日まで2カ月を切った米大統領選挙。オセロゲームで次々と石をひっくり返すかのように「潮目」が変わる、そんな瞬間をもしかして米国民は目撃したのかもしれない。

(米ニューヨーク、ジャーナリスト・津山恵子)

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