ルーフトップバーで、米大統領選テレビ討論会の様子を見つめる若者たち(撮影 津山恵子)

「移民=犯罪人」繰り返すトランプ氏

 討論会でトランプ氏は突然、「怒りと妙な主張の消火ホース状態」(ニュースサイト「Axios」)となった。「違う」と反論し、「彼女(ハリス氏)は、集会参加者に金を渡して(集めて)いる」と根拠もないことを言い始めた。

 次にハリス氏は、トランプ氏は具体的な政策もなく、「不名誉(disgrace)」で「弱い(weak)」人物、という罠を仕掛けた。トランプ氏は過去8年間、誰かを批判する際、頻繁に使ってきた。16年大統領選挙の際、共和党予備選に出馬していたジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事を「弱い」と決めつけた。ジョー・バイデン大統領も「弱く、情けない」としていた。

 それを自分に使われて、トランプ氏は度を失った。ムッとして即座にこう言った。

 「彼女(ハリス氏)こそが、そういう輩だ」「悪で、おバカだ」

 21年1月6日にトランプ支持者がワシントンで引き起こした連邦議会議事堂襲撃事件について、司会が「悔いはあるか」と聞いた際は、問いに答えず、リベラル派こそが「起訴されるべきだ」と言った。司会は、同じ問いを複数繰り返したが、答えなかった。

 「あなたは、8100万人の国民にクビになった。世界のリーダーは、笑いぐさにしている。あなたは、その事実を認めようとしなかった。不名誉だ」

 と畳み掛けるハリス氏。8100万人は、20年大統領選挙で勝利したバイデン氏が獲得した票の数だ。そして、「クビだ!」というのは、トランプ氏がかつてホストをしていたリアリティーショー「ジ・アプレンティス」で、ビジネスで成功する競争に負けた人物に言い渡す文句だった。

 トランプ氏はその後、何の質問を聞かれても支持者に人気の「移民=犯罪人」説を繰り返すようになった。 

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トランプ氏「ハリスは、刑務所にいる不法移民にトランスジェンダーの手術をしようとしている」

司会「事実ではない」

トランプ氏「オハイオ州スプリングフィールドでは、ハイチからの移民が人々のペットを食べている。人々が犬を移民に持っていかれたという話を自分は聞いた」

司会「その事実はない」

トランプ氏「何百万人もの移民が犯罪人で、テロリストが通りを闊歩(かっぽ)していて、(中略)この国のコミュニティーを破壊している。犯罪率も上がっている」

司会「犯罪率は実は下がっている」

ハリス氏「起訴されて有罪評決が下り、11月には量刑判決を受ける人物の口から出た表現とは思えない」

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 討論会を別のバーで見ていたバーテンダーのアンドリュー・B氏は、実はトランプ氏が言ったオハイオ州スプリングフィールドから車で20分の街の出身だ。

「あの発言が出てきた時に、もうテレビを消したくなった。何の変哲もない街で、移民の数だって少ないだろう」

 また、メディアがリアルタイムで発言内容のファクトチェックをする大統領候補討論会で、「ペットを食べる」といった「陰謀論」を口にすることは、自爆ものだ。トランプ氏が選挙戦に登場した16年より前であれば、数字を間違えること、あるいは曖昧な発言すら、候補者にとっては「地雷」だった。

 トランプ氏の発言後、スプリングフィールドでは、市役所など複数の施設の爆破を予告するメールが届き、12日に市庁舎や小学校などが終日閉鎖される騒ぎとなった。政治家が発した陰謀論が、人口約5万8000人の街を一転して恐怖に陥れた。

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