恩田陸「spring」は子育て論としても読める
恩田陸さんの小説はもともと好きで、ピアノの世界を描いた『蜜蜂と遠雷』も面白かった。そして新作『spring』はバレエダンサーの物語です。私はバレエを観るのが好きですし、表現する、舞台に立つ人間としても、学びと共感がある一冊でした。
ただ、読み進めるうちに、子育て論としても読めるな、と。主人公は幼い頃、学校に馴染めませんでした。世界の見え方が、どうやら他の子どもたちと違っていたから。偶然バレエに出合って、彼の才能に気づいてくれる大人がいたことで、天才ダンサーとして成長していくのですが、彼のように才能があるのに発見されずに生きづらさを抱える子はたくさんいるのではないか、そこを掬い上げていくのが大人の責任ではないか、と読みながら考えました。
『パン屋の手紙』と『主夫と生活』は旅先の小さな雑貨店で見つけました。『パン屋の手紙』は北海道に実際にあるパン屋さんが、尊敬する建築家に店の建て替えの依頼をするために出した手紙から始まる往復書簡です。店主と建築家のやり取りは、まじめで丁寧で時に哲学的です。パンを作るとはどういうことか、お客さんに食べてもらうとはどういうことか、素材との向き合い方、美しいとは何かまで、深い話をしています。知的な往復書簡に憧れました。実は私はこちらのパン屋さんに行ったことがあります。くるみパンは日本一美味しいと思っています。
伊丹十三さんの訳が軽妙な『主夫と生活』は、ニューヨークの有名なコラムニストが仕事を辞めて妻と役割を交換し、主夫になってからの1年間を綴ったエッセイです。簡単だと思っていた家事の複雑さに打ちのめされたり、サボったり、でもだんだんと楽しみ方をみつけて上手くなっていったり。
これは1970年代の話なのですが、現代の我々のジェンダー感覚が50年前と変わっていないことに衝撃を受けました。ただこのご夫婦、お互いにバンバン文句を言い合っていて、面白いんです。よりよく生きるヒントはそこに隠されている気がします。
(構成/編集部・井上有紀子)