緑溢れる山の谷間をゆく2台の赤いゴンドラ。イヴァ(マチルド・イルマン)はゴンドラの乗務員になり、もう1台のゴンドラに乗るニノ(ニニ・ソセリア)とすれ違いながら心を通わせていく──。セリフなしで唯一無二の世界観を紡ぐファイト・ヘルマー監督がジョージアに実際にあるゴンドラを舞台にした物語「ゴンドラ」。ヘルマー監督に本作の見どころを聞いた。
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知り合いのプロデューサーにこのゴンドラの写真をもらったときから、素晴らしいビジュアルにマッチするストーリーを考えはじめました。最初は男性と女性を主人公にしていたんです。でも本作はセリフがないので、多くの国で多彩な役者をオーディションでき、最終的に主演となる二人の女性が素晴らしかったんです。そこで主人公を女性二人に変更しました。
なぜセリフのない映画を撮るのか?とよく聞かれます。1927年にトーキー映画が登場するまで、物語や役の感情を伝えるためにさまざまなメタファーを使うなど映画的な表現技術は非常に発達していたと思います。しかしトーキー以降、映画は退屈になってしまった。作品の7〜8割は話をする俳優の顔が映っているだけでインスピレーションがない。セリフを省くことで「音」を自由に使える余白も生まれます。決して昔を懐かしむとか無声映画の時代に戻りたいわけではなく、これは私にとって未来的なビジョンなのです。
実際、脚本にセリフはまったく書かれていません。重要なのは演じる登場人物の心を理解する俳優を見つけることです。俳優とは自分のなかにある何かを使って役を演じるものだと私は思います。キャラクターの特徴を既に自分のなかに持っている俳優を見つけ、撮影前に「なぜこの人物はこの服装を好むのか」「どういう夢を持っているのか」などをじっくり話し合います。イヴァとニノの関係性は脚本に書かれていましたが、撮影中に二人の間に緊張感や濃い瞬間が生まれたことでこのロマンチックな描写が叶ったのだと思います。
正直、最初は観客に受け入れられるか心配でした。本当に小さくささやかな物語ですから。いま多くの国で多くの人が観てくださっていることを幸せに思っています。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2024年11月4日号