ロバート・ホワイティングは日本に住んで、60年以上になる書き手だ。1977年に日米のプロ野球を通してみた比較文化論的なノンフィクション『菊とバット』で作家としてデビュー、戦後の混乱期の裏社会を六本木のピザレストラン「ニコラス」を経営する元アメリカ兵を軸に描いた『東京アンダーワールド』(2000年)は当時20万部を超えるベストセラーになった。
しかし、そうは言ってももう80歳を超えている。5月にKADOKAWAから出た『新東京アウトサイダーズ』は出がらしのようなものでは、と思って読んでいなかったのだが、ひょんなことから読み始めると、思わず居住まいを正す迫力をもっていた。
ホワイティングさんの筆の特徴は、アウトサイダーならではの切り口から見せる意外な日本の姿ということができる。
今度の『新東京アウトサイダーズ』は、戦後の日本社会にかかわったアウトサイダーたちの連作短編だ。中でも、第6章の日産のゴーン事件をとりあつかった章が抜群に面白い。
私たちは司法記者クラブ発の日本の新聞記事で、ゴーン事件をずっとおいかけてきた。そうすると、強欲な経営者が、卑怯な手をつかって会社の金を自分の豪華な複数の別宅のために使ったり、退職金をこっそり水増しをしていた、それを裁こうとしたら、国外逃亡した。ゴーンと一緒に起訴されたグレッグ・ケリーという代表取締役は、ゴーンの水増し退職金の隠蔽工作にかかわっていたけしからん奴ということになる。
しかし、それは、検察から情報をとっている記者たちインサイダーから見た事実であって、アウトサイダー的な視点から見ると、まったく違う側面が見えてくる。
ようは、日産は、ゴーンが経営から離れ他社に移ってしまうことをおそれて、隠れ退職金というスキームをとったのにもかかわらず、ゴーン追い落としのためにそれを検察に売った勢力があり、グレッグ・ケリーは無実にもかかわらず、巻き添えになったということだ。
物事はひとつの方向だけから見ていると、ゆがんでくる。ホワイティングさんは、ゴーンが無実だと言っているわけではない。日本に来たアウトサイダーが、会社を立て直すと、それがうとましくなり、見事に足をすくった、と書いているのだ。しかし、それによって日産自体がどうなったかといえば、〈ゴーン逮捕後の企業収益率は、ゴーンが日産に着任した当初と、たいしてかわらなくなった。日産の報告によれば、六十三億ドルの損失だ〉ということで、ゴーンが着任前の身売り寸前だったあの日産に戻っただけ、ということなのだ。