元朝日新聞記者 稲垣えみ子
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 元朝日新聞記者でアフロヘアーがトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【写真】「いつもの光景」にホッと一息

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 涼しくなった東京の我が家で、久方ぶりに米を炊いた。油揚げと大根で味噌汁を作りキュウリの糠漬けと海苔を添える「いつもの食卓」に、めちゃくちゃしみじみする。いやー……やっぱりウマイ。落ち着く。つまりは最高だ。

 とこんなに感激しているのは、この「いつもの」を食べるのが超久しぶりだったからである。よく考えたらかれこれ3カ月ぶり? 全然「いつもの」になってないじゃん! 理由はもちろん猛暑のせい。ご飯を炊くのが暑い。味噌汁は作るのも食べるのも暑い。っていうかそもそも暑すぎてツルツルした冷たいものしか食べたくなくて蕎麦と素麺ばっかり食べていた。無論、これまでだって夏にはその傾向はあったが、それでも数日に一回は「いつもの」を食べていた。こんな年は初めてだ。

 流し込むような食事は体調にも確実に影響した。それを実感したのは、久々に「いつもの」を食べたらめちゃくちゃ元気が出てきたからである。腹に力が入るし消化もお通じもスッキリバッチリ。そうだよこれを健康というのだった。ってことはこの3カ月(1年の4分の1)を、私は締まりのないグズグズした未病状態で過ごしたのだ。

ガツガツ食べ終えた後の食卓。茶碗とお椀と小さな皿が並ぶ「いつもの光景」にホッと一息(写真/本人提供)

 これは私だけではなかろう。ひどい暑さ以外にも、エアコンの冷えすぎや内外の温度差で自律神経をやられ、冷たいもののガブ飲みで胃腸を痛める人が我が周辺にたくさんいた。異常気象は災害を起こすだけでなく、平時から我らの生命を確実に痛めている。

 で、最近よく思うのは、この異常さはどこから来ているのかということだ。それは、ひとことで言えば人類の果てしない経済活動から来ているのである。私は経済を軽視するものではない。経済がうまく回っていることは社会の安定に欠かせぬ要素である。でも今や経済は、確実に我らの命を削りに来ているのだ。

 経済成長が全てを癒やすと考えている人は少なくない。でも経済成長は我らを殺すってことも考えなきゃならない時代になった。誰も殺さない経済ってものを米をもぐもぐしながら考えている。

AERA 2024年10月14日号

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稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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