大川原正明さん(75)。冤罪事件に巻き込まれ、11カ月勾留された。国家賠償訴訟を起こし、ずさんな捜査や長期勾留の不当性を訴えている(写真:編集部・野村昌二)

 有罪か、無罪か。裁判になれば、裁判官によって結論が変わる。

「刑事裁判で一番大事なのは、裁判官は無実の人を処罰しないこと」

 こう話すのは元裁判官の木谷明弁護士。「有罪率99・9%」の日本の刑事裁判で、裁判官時代に30件以上の無罪判決を出し、上級審で覆させず確定させたことで知られる。

発見された「5点の衣類」捜査機関が捏造?

 袴田事件で有罪判決の決め手となったのは事件の1年2カ月後に、袴田さんの勤務先のみそタンクから発見された、シャツやステテコなど「5点の衣類」だ。衣類には付着した血痕が完全に変色せず「赤み」が残り、これが袴田さんの犯行着衣とされた。だが、弁護団は「1年以上みそに漬けた血痕に赤みが残ることはない」とし、「捜査機関が捏造した証拠だ」と無罪を主張。東京高裁も、「合理的な疑いが生じる」として再審開始を決定した。

 木谷弁護士によれば、袴田事件で袴田さんの死刑が確定した確定審(1980年)以来、この事件を担当した裁判官には優れた人権感覚を持つ優秀な人が多かった。そうした裁判官が、なぜ袴田さんを有罪にしたのか。

「捜査官が大掛かりな証拠の捏造をすることはあり得ないという、捜査機関に対する何の根拠もない思い込みです」

 裁判官にとって大切なのは謙虚であること。「疑わしいときは被告人の利益に」の原則に基づき、被告人の言い分が真実ではないかという立場から、証拠を厳密に評価しなければいけない、と木谷弁護士は話す。

 そして「再審」の問題点についても言及する。

「一番の問題は、再審の審理の方法。審理の方法が決まってないから、無駄な時間が過ぎていきます」

再審請求の審理が長期化「法改正が必須」

 再審は冤罪被害者を救済することを目的とする制度で「最後の、そして唯一の」法的救済手段だ。だが速やかな救済は妨げられ、袴田さんの場合、最初の申し立てから再審開始が確定するまで、実に42年かかった。

 通常の刑事裁判は、裁判所が起訴状を受け取った後にどのような手続きを経て第1回公判期日を指定すべきかが定められている。だが、再審法には審理の進め方について何の定めもなく、すべてが裁判官の裁量に任されている。請求人がどんなに悲痛な思いで救済を求めても、裁判官が転勤時期まで放置しておくことも事実上可能。こうして再審請求の審理が長期化し、冤罪を晴らす妨げになっていると木谷弁護士は言う。

「人間が裁く以上、冤罪はなくなることはありません。何の罪のない無辜(むこ)の救済のためには、再審法の改正が必須です」

 冤罪は国家による最も深刻な人権侵害だ。その不正義をすみやかに正さなければいけない。袴田さんの58年を、無駄にしてはいけない。(編集部・野村昌二)

AERA 2024年9月30日号

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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