AERA 2024年9月30日号より

全く身に覚えのない容疑「黙秘」貫き勾留11カ月

 人質司法の問題を改めて浮かび上がらせたのが、化学機械メーカー「大川原化工機」(横浜市)を巡る事件だ。

 20年3月、社長の大川原正明さん(75)ら会社の幹部3人は、軍事転用可能な噴霧乾燥機を許可なく不正輸出したという、全く身に覚えのない容疑で警視庁公安部に逮捕された。

 大川原さんは逮捕前の約1年半、約40回にわたり任意の聴取を受けた。窓もない都内の警察署の取調室で何時間も取り調べられ、録音もメモもさせてもらえず、調書の訂正したい箇所に印もつけることができなかった。大川原さんは一貫して無実を訴えたが、取調官は「共謀して輸出したと認めろ」と繰り返した。

 逮捕されると、都内の警察署に勾留された。取り調べは椅子に縛られたまま1時間半。警察署で33回、検察で18回の合計51回に及んだ。警察署では、録音は禁止され、弁護人の立ち会いも認められなかった。

 やってもいない罪を認めるわけにはいかないと決めた大川原さんらは、「黙秘」を貫いた。だが、そのため勾留は長引いた。2カ月程度と思っていたが、結局11カ月。何度も保釈請求をしたが検察は「罪証隠滅の恐れがある」と反対し、東京地裁も却下し続け21年2月、6回目の請求でようやく保釈された。

 一緒に逮捕された元顧問は、勾留中にがんが見つかり、8回保釈を求めたが認められず、大川原さんらが保釈された2日後に亡くなった。東京地検はその後、違法性に疑義が生じたとして大川原さんら2人の起訴を取り消す。だが、元顧問は「被告」のまま亡くなった。大川原さんはこう訴える。

「健康や命まで人質にとる刑事司法のあり方に、強い憤りを覚えます。人質司法のもとでは冤罪はなくなりません」

 人質司法をなくすにはどうすればいいか。

 立命館大学の渕野教授は、「取り調べのために身体拘束をする現在の運用を変えることが必要」と語る。米国では、被疑者が黙秘するか「弁護人を呼べ」と言った瞬間に取り調べは終了する。取り調べの可視化(録画・録音)は世界各地で進み、弁護士の立ち会いも多くの国が被疑者・被告人の権利として認められている。一方、日本は、19年に改正刑事訴訟法が施行され、逮捕・勾留下での取り調べは録音・録画が義務化された。だが、義務付けは裁判員裁判対象事件などに限られ、事件全体のわずか3%。逮捕前の任意段階は対象外。弁護士の立ち会いは、刑事訴訟法上は否定されていないが、捜査機関が認めることはほとんどない。

「日本も、被疑者や被告人が『これ以上は供述しない』と明確に言った時は取り調べをストップさせるというルールを明文化するべき。その上で、全事件の全過程を可視化し録音と録画を認め、取り調べの際の弁護人立ち会いを認めることが必要です」(渕野教授)

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