
袴田事件の再審公判の判決が9月26日、言い渡され、無罪となる公算が大きい。「冤罪」の温床とされるのが人質司法だ。大川原化工機を巡る事件でも、浮き彫りになった冤罪を生む構造について考える。AERA 2024年9月30日号より。
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逮捕時に30歳だった青年は、88歳になった。
袴田巌さん。「死刑囚」として長く拘禁され、精神に癒えぬ傷を負い、今も妄想の世界にいる。昨年3月、「再審の扉」が開き裁判のやり直しが始まり、今年5月に再審公判は結審。9月26日に判決が言い渡され、「無罪」となる公算が大きいとみられる。だが、一生の全てを「冤罪」によって奪われたに等しい。
なぜ、このような重大事件で冤罪が起きるのか。冤罪が起こるたび、その温床になっていると指摘されるのが「人質司法」だ。容疑を否認、黙秘する限り身柄を拘束し自白を迫る捜査手法で、国内外の批判にさらされている。袴田さんの場合、取り調べは19日間ぶっ続けに1日平均12時間、最長で16時間にも及んだ。
「捜査機関は自ら描いたストーリーに沿った『供述』をどうしてもほしいと思っている」
冤罪被害者を支援する一般財団法人「イノセンス・プロジェクト・ジャパン」理事で立命館大学の渕野貴生教授(刑事訴訟法学)は、人質司法が批判を受けながら捜査機関が改めない一番大きな理由についてこう述べる。捜査機関は、被疑者がストーリーを認め「正直」に話すことが被疑者の立ち直りに繋がると信じている。だが、最初の見立て通りの供述をしなければ保釈等の身体拘束を解かず、最終的に被疑者を屈服させることになる、という。
「被疑者は、精神的にも肉体的にも経済的にも深刻な不利益を受けるため、早く解放されたいと思い虚偽の自白をしてしまいます」
さらに、「裁判所の責任も大きい」と渕野教授は指摘する。刑事訴訟法では、保釈請求があれば「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」といった除外事由がなければ保釈を認めなければいけない。それなのに裁判所が保釈を認めない判断に傾くのは、逃亡事件は絶対にあってはいけないと思い込んでいるからだという。2019年12月には、日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告が、保釈中にレバノンに逃亡した。
「保釈をすれば、必ず一定の割合で逃亡する人はいます。それより、病気の被告人の保釈を認めず、死に至らしめたりするほうが問題」(渕野教授)