広大なアフリカ大陸のうち25カ国を訪ねてきた、フリーランスライターで武蔵大学非常勤講師の岩崎有一さんが、なかなか伝えられることのないアフリカ諸国のなにげない日常と、アフリカの人々の声を、写真とともに綴ります。
西アフリカのマリ中部にある街ジェンネには、泥でできた世界遺産があります。市街全域が泥でできた建物で構成されていて、特に世界最大の「泥のモスク」は世界的に有名です。しかし、マリ北部で起こった紛争のせいで、観光客の姿が街から消えてしまったといいます。岩崎さんが現地で聞いた人々の思いとは?
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マリ中部の街ジェンネは、ドゴンのバンディアガラに並び、西アフリカを代表する観光地のひとつだ。泥を塗り固めて作られた壮大なモスクと、毎週月曜日に立つ市が最大の見どころ。マリの人々と話をしていると、「ジェンネは行ったのか」とたびたび聞かれる。「外国人はジェンネに行くものだ」と広くマリ人に思い込ませるほどに有名なジェンネを、私は今回、初めて訪ねた。
モプチから乗り合いタクシーで2時間ほどかけて走ると、舗装路が突然終わり、砂地の川岸に入った。ニジェール川をタクシーとともに渡し舟で渡り、湿原に囲まれた道を進む。渇いた川底の砂が風で巻き上げられてかすむ空気の向こうに、泥壁の家屋が密集したジェンネが現れた。
橋を渡りジェンネの市街に入ると、泥壁に両側を囲まれた街並みが続く。街の中心部にそびえる「泥のモスク」は、その姿を眺めるだけでも価値がある。固めた泥を乾燥させたブロックを積み上げ、そこに泥を塗り重ねるという、この地域で広く見られる技法によって作られたジェンネのモスクは、極めて独特な存在感を示している。
この日は月曜日で、月曜市と呼ばれるマーケットが開かれる日ということもあって、台車に荷を乗せた運び手が右へ左へと忙しそうに動いていた。西アフリカ最大と言われるガーナ・クマシのマーケットのようなスケール感はないが、ジェンネとニジェール川周辺域に暮らす人々の生活に根付いた、生活感が垣間見られるローカル感の強い市だ。
モスクと市と周囲に連なる泥の家屋とが相まって、ジェンネの街全体に、悠久の歴史観が漂っている。携帯電話と電灯とバイクと車があること以外は、何百年前とほとんど変わらない風景が続いているのかもしれない。
「見るだけでいい。買わなくていい。自分の店を見ていってほしい」
観光地でよく耳にする決まり文句だ。店内を案内された後、民芸品を手にとって眺めるよう促される。いったん手にとった民芸品は、なかなか元の場所の戻させてくれない。これまでに何度も出くわしたやりとりだ。ここジェンネでも同じように声をかけられたが、声を発する主の表情が違う。目元に笑みはなく、訴えかけるような目でこちらに迫ってくる。「見るだけでいい」を信じ、私はその土産物店に入った。