酒井さんは女性版・赤瀬川原平だと、かねて思っていた。何気ない、みんなが見逃しているようなところに、意外な面白さを見つける天才。そしてその面白さを魅力的に伝える天才。そんな酒井さんは、旅でもいろいろなものと出会う。
 そもそも「ど真ん中よりも端っこについつい寄っていってしまう」性癖を持つ彼女が選ぶ旅の目的地からしてユニークだ。「大人になると味覚の幅が広がるように、旅において『悪くない』と思う体験の幅も、うんと広がる」と酒井さんは言う。でも、それは酒井さんの三つの「力」あってのこととも思う。日に数本しかないローカル線やローカル・バスの待ち時間を楽しく過ごす「のんびり力」、何気ない景色のなかに見所を見つける「釣り上げ力」、そして何より、人との出会いを楽しむ「なじみ力」。特に人間への興味と共感がすごい。
 北海道の宗谷岬に向かえば、列車を待つ2時間あまりの間に近所の高校で木工作品を見学し、お祖母さんの故郷である鹿児島では、過去と今をつなぐ思いに耽る。はたまた秋田県後生掛温泉のオンドル式の湯治宿では、長期滞在している高齢者の方々に早速なじみ、福島県いわき市のスパリゾートハワイアンズでは、ハワイらしくハンバーガーを食べ、フラ教室を受け、トップダンサーのダンスに目頭を熱くする。
 こういう「楽しみ力」があるからこそ、どこもかしこも「来ちゃった」の魅力を発揮するのだろう。
 そういえば関西には「面白いことを言う準備はできている」という「関西顔」があるそうで、大阪ミナミ辺りでは皆そういう顔をしているそうだ。さすが眼のつけどころが鋭い、というか、抉るがごとき視点。その感性あらばこそ、大阪文化の精華である文楽を見ても、東京の国立劇場で見るのとは違う、ミナミに立地する文楽劇場ならではの、周辺の商店街ともなじんだワクワク感を伝えて余すところがない。酒井さんはのんびりしている時も、楽しみに貪欲だ。

週刊朝日 2016年4月29日号