秋篠宮妃紀子さま
秋篠宮妃紀子さま

 こうなると、悠仁さまが史上初の「東大卒」天皇となる未来を想像してしまう人もいるだろう。

 秋篠宮家はなぜ、学習院ではなく筑附を選んだのか。今回“袖にされた”かたちの学習院高OBが悔しそうにこう語る。

「秋篠宮家には天皇ご一家への対抗心があるのでは。幼稚園から学習院の愛子さまに対し、『開かれた皇室』の一環として革新的教育を内外へアピールする意図を感じます」

 さらに、母親の紀子さまが悠仁さまの「箔付け」のため、将来の東大受験を意識して進学先を決めたと推測する報道もあった。これらの見方について、教育ジャーナリストの小林哲夫氏はこう語る。

「筑附は1970~80年代には毎年のように100人前後の東大合格者を出していましたが、今は開成・麻布・武蔵の『一貫校御三家』に人気が移り、筑附からの合格者は年30人程度。東大進学のために選んだというより、自由な校風に惹かれたのではないでしょうか」

 宮内庁OBで皇室ジャーナリストの山下晋司氏も、「校風」が決め手だったという見方を示す。

「皇室は学歴社会ではないので、東大だからといって何かプラスになるわけではありません。大事なのは静かな環境で専門の研究をされることです。高校では基礎学力をつけて、その後、研究を通して論理的思考も身につけられればいいと思います。悠仁親王殿下は動植物にご関心があるようですが、今後変わる可能性もあります。大学の選択肢を広げるとともに、有意義な高校生活を送るために筑附を選ばれたのでしょう」

 秋篠宮さまは東京農業大学農学部の客員教授を務めるなど理系のエキスパートでもあるが、大学は学習院大学法学部政治学科を卒業している。

「当時は、皇族の進学先は学習院ありきの時代でした。悠仁親王殿下には、学習院ありきでなく、関心のある分野の研究をさせてあげたいのではないか」(山下氏)

 進学校の環境では「帝王学」が学べないのではないかと懸念する声もあるが、山下氏は一蹴する。

「たとえば歴代天皇のご事蹟や短歌など、将来の天皇としては必要だが、通常の学校の教育課程にないものは、専門家を招いて教えてもらうということが戦後の方針です。上皇陛下もお若いころに小泉信三から英国王ジョージ5世の伝記などを通して立憲君主の在り方を学びました。学校ではむしろ、良き友人に恵まれ、行事などを通して団体生活を身につけることが大切だと思います」

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