パラアスリートの相棒となる車いす。道具の進化は記録にも影響するだけに、技術者の想いは熱い。パリで取材中の記者が紹介する。AERA 2024年9月9日号より。
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車いすを使用した競技でも、劇的な変化が起きている。
レーサーと呼ばれる競技用車いすは、自動車メーカーがF1の技術を転用するようになり、技術開発が進んだ。
男子車いすマラソンなど、東京パラで四つの金を獲得したマルセル・フグ(スイス)は、アルファ・ロメオ・オーレンとザウバー・グループが共同開発したレーサーを使用している。フグによると、「過去に使用していたレーサーに比べて強度が高く、柔軟性は低いのが特徴」だという。ある車いす陸上の選手によると「前からの風の抵抗が少ないだけではなく、横からの空気を前方への推進力に変える構造になっている」と話す。
トップスピードに入った時のフグの頭の動きは、誰よりも小さい。そのかわり、タイヤをこいだ後にヒジが高く上がる。上半身の空気抵抗を小さくすると同時に、肩甲骨の柔らかさを生かしてタイヤに与える力を強くしているのだろう。他の選手のフォームとは根本的に原理が異なっているように見える。高性能化するレーサーに合わせ、フォームを適合させた結果、フグは絶対王者の座を不動のものにした。
ジェット機の技術を
日本のメーカーも負けていない。2000年から車いすレーサーを開発してきたホンダは、19年にF1や小型ビジネスジェット機の開発で培ったカーボン技術をふんだんに取り入れた「翔(かける)」を発売し、今でも改良を重ねている。
車いす陸上女子では、マニュエラ・シャー(スイス)、スザンナ・スカロニ(米国)、カテリーヌ・デブルナー(スイス)の3選手が、ホンダ製のレーサーでパリ大会に出場する予定だ。3人とも世界トップクラスの選手で、車いすマラソンでは表彰台を独占する可能性もある。
レーサーの開発担当者である池内康チーフエンジニアは、こう話す。