AERA 2024年9月2日号より

 牧野教授によると、自己啓発書のトレンドとして、すぐに職場で役立ちそうなテクニックを扱うものが常にあるという。若手からは、10歳上の上司のアドバイスも参考にならない、という声が出るほど変化のスピードが速い時代。だからこそ、「今の自分にフィットする」ことが大きな意味をもつからだ。

 そうなるとますます、往年のカリスマ経営者の言葉が、なぜ多くの人々を魅了し続けるのか気になるところだ。牧野教授は国内の高度経済成長期のカリスマ経営者に共通する特性として、「私生活も質素倹約を旨とし、自分自身と会社経営を律することを表裏一体と捉える人間像」を挙げる。その上で、そうした人物が評価されるのは、「変化の激しい時代ゆえ」の側面もあると指摘する。

「時代に左右されない心構えや、人としての徳といった人生哲学を反映した言葉は時代を超えて取り入れられやすいのだと思います」

 もう一つの理由として、孤軍奮闘を強いられるベンチャーなどの若手経営者にあてはまる傾向として、「実績のある権威に近づくことで心の安寧を得たい」という願望もあるのでは、と牧野教授は推測する。

「自分を支えるのも、自分の考え方を作り上げるのも自分ということになると、手段は限定されます。ファーストチョイスとしてコスパ的に最もすぐれているのは、古典ともいえる先達の有名実業家の言葉になるのでしょう」

 ただ、「本に書かれた言葉が響くようになるには、リアルの経験値や問題意識をバランスよく育むことが不可欠」とも話す。実社会の中で、さまざまな人と接し、目の前の社会課題としっかり向き合うことができる人が、本の中に書かれた言葉をより有効に吸収できると考えるからだ。

 一方で、権威を背景にしたカリスマの言葉には情緒に引っ張られやすい面も否めない。牧野教授が2010年代の自己啓発書のベストセラーを分析した際、『置かれた場所で咲きなさい』を煮詰めたり、拡大再生産したりした本が多かったという。同書は修道女でもある故・渡辺和子さんが12年に著した作品で、宣教師から渡された「Bloom where God has planted you.(神が植えたところで咲きなさい)」というメモに救われた体験を元にした、自叙伝的なエッセイ。累計200万部の国民的ベストセラーになった。牧野教授は言う。

「今の状況がつらくても、耐え忍んで置かれた場所で頑張りなさいという人生訓を全否定するわけではありませんが、自己責任論や自助の強調といった昨今の風潮と重なる面もあり、単純に今の時代に応用していいわけではないと思います」

 カリスマ経営者の言葉も同様に、絶対的なものとしてバイブル視せず、時代に即してアップデートしていく必要があるという。(編集部・渡辺豪)

AERA 2024年9月2日号より抜粋

著者プロフィールを見る
渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

渡辺豪の記事一覧はこちら
暮らしとモノ班 for promotion
夏の夜は不眠になりがち!睡眠の質を高めるための方法と実際に使ってよかったグッズを紹介