昨年11月に66歳で逝去するまで、江戸時代の人情ものを書き続けた作家の遺作。亡くなる直前まで執筆し、小説は朝日新聞に連載された。
 4人の子どもを育て終え、夫を亡くしたうめは五十路を前に独り暮らしを始める。思うままに生きてみたかった。大店の一人娘として育ち、町方の役人の家に嫁いだが武家のしきたりに馴染めずにきたのだ。30年仕えた夫は気が短く、義妹に貸した花嫁衣装やよそゆきの着物は戻らなかった。新居は、一緒になるためにひと肌脱いでやった弟の奥さんが見つけてきた。
 面倒見のいいうめ婆の周囲には自然と人が集まる。30歳を過ぎても所帯を持っていなかった甥に頼られ、その甥が余所につくっていた子どもに慕われ、物語は歌舞伎の世話ものさながらに、笑いあり涙ありの展開を見せる。そして独り暮らしを決めたいきさつを周りから問われ、読者が想像し得なかったどんでん返しが語られるのだ。彼女の行く先には不安もある。だが、時代のふところの深さに包まれ、なんとかやっていけそうな著者の目配りが利いている。

週刊朝日 2016年4月1日号