
夕方か夜間に出発、山小屋に泊まらない
弾丸登山とは、夕方から夜にかけて5合目をスタートし、山小屋に泊まらずに山頂を目指す登山を指す。山頂でご来光を見てから下山する。
「ピーク時と比べると人の流れは大分スムーズになりました。ただ、日によっては数百人から千人ほど弾丸登山者が入山し、登下山道の各所で渋滞も起こった。登山道に寝袋を敷いて寝る人やごみを散らかす人も目立った」
登山計画にゆとりがない弾丸登山にはリスクも付きまとう。太田さんが指摘する最大のリスクは、天候の急変に対応しきれないことだ。山小屋には避難所としての役割があるが、予約していない弾丸登山者を山小屋では収容できない事態も起こりうる。山小屋の収容人数には限りがある。
「大勢の弾丸登山者が夜、登ってくると、居間や玄関を使ったとしても受け入れるスペースが足りない。荒天でも外で休むほかない」
吹きさらしの中で「停滞」
日暮れから山に登れば、天気が悪くなったら下山すればいい、というわけにはいかない。
「夜間、横殴りの雨の中、下山しようにも足元がよく見えない。転倒したり、岩場で滑落したりすることもある。音が聞こえないので、落石に巻き込まれたりするリスクも上がる」
つまり、吹きさらしのなかで停滞するしかない。現在も不十分な装備で富士山に登ろうとする人は後を絶たない。荒天時にはそれが命取りになりかねない。
「例えば、ビニール製の携帯雨がっぱは寒さで硬化して破れてしまい、強風でちぎれることもある。岩などに擦れて、すぐに穴が開いてしまうこともある」
低体温症になる怖れ
体感温度は風速1メートルで1度下がる。「富士山では風速20メートルは珍しくない」。雨がっぱが使い物にならなくなり、体が雨に濡れた状態で風が吹き付けると、急速に体温が奪われ、低体温症になる可能性がある。
太田さんはそんな危うい現場を何度も見てきた。
「何百人もの登山者が停滞しているのを見ると、かなりきつい。体調を崩す人が出るのではないか、と思うと、すごく気持ちが張ってしまう」
要救助者が1件出れば、その搬送に数時間かかる。同時に多発すれば、手がまわらない。重大な傷病者を救助できない可能性も出てくる。そんな怖れが脳裏をよぎる。
「弾丸登山者に対応するなかで、『今日は天気がぎりぎりもった。これ以上悪化したらやばかった』という日がたくさんありました」