ノンフィクションライターの安田さんは、デマを収めるのに最も有効なのは国や行政による「ガバメントスピーチ」だと言う。国や行政のトップが「これはデマである」と真っ先に公式な声明として流すことが重要だと。

「例えば、ある地域で『朝鮮人の犯罪率が高い』というデマが流れた場合、国や行政は『その事実はありません』と説明し、仮に犯罪があったとしても、『それを民族と結びつけることは全くの誇張です』などと説明する力量が国や行政に求められています。それでも信じる人はいますが、国や行政が明確に否定することによって、人々の暴走を抑える効果は十分にあります」

 殺される恐怖も、殺すかもしれない恐怖もなくさないといけない──。

「ほうせんか」理事の愼さんはそう話す。愼さんは、関東大震災における朝鮮人虐殺は日本人の問題だと考える日本人と出会うことで、自らの恐怖を語ることができるようになったという。今は、「私を殺さない仲間を増やすため」に活動を続け、例年9月に荒川の河川敷で追悼式典を行っている。

災害時は不安や恐怖・怒り、今は正義心にかられた人が他者を攻撃していくのだと思います。今度、同じような状況になった時、一人の人間として何ができるか、何をすべきか、考えてほしい」(愼さん)

 冒頭で紹介した市川さんは、「歴史を知ることが重要」と説く。

「福田村事件の背景にあった差別意識は、今も日本社会に残っています。差別は社会的弱者に牙を剥き、人権を奪い、人の命を奪うこともあります。噂に惑わされず差別を克服するには、歴史を知ることが大切です」

 市川さんは03年、事件現場に近い「円福寺大利根霊園」に追悼慰霊碑を建立し、事件にゆかりの地を案内する人権学習のフィールドワークを続け、これまで約3千人を現場に案内してきた。

「福田村事件のような負の歴史にも、目を背けないことが重要です。そうしてはじめて、差別を克服することができます」(市川さん)

 一人一人にできることは何か。歴史を繰り返さないために、考えなければいけない。間もなく、9月1日が来る。(編集部・野村昌二)

AERA 2024年9月2日号

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