101年前の関東大震災では混乱の中、流言が広がり、人々は凶行に及んだ。災害時の流言やデマは、今も多く発生している。流言やデマに惑わされないためには何が必要か──。9月1日に考えたい。AERA 2024年9月2日号より。
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境内に人気(ひとけ)はなく、夏の太陽が照りつけていた。
7月下旬、千葉県の旧福田村(現・野田市)にある香取神社を訪ねた。今から101年前、この辺りで香川県から来た薬売りの行商の9人が殺される事件が起きた。後に「福田村事件」と呼ばれる凄惨なこの事件は、関東大地震から5日後の1923(大正12)年9月6日に起きた。
最大震度7。未曽有の災害の中、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」といった流言が瞬く間に広まった。各地で消防団や在郷軍人などから構成された自警団が結成され、多くの朝鮮人が殺された。
福田村とその周辺の村でも自警団が結成され、村内の警戒にあたっていた。一方、香川県から来た一行は家族や親族15人で行動し、村を流れる利根川から対岸の茨城県に渡ろうと、香取神社とその近くで休んでいた。そこに自警団らがやってきて、見慣れない一行を朝鮮人と疑う者もいて、これを機に鳶口や棍棒などで襲い9人を殺害。殺された中には幼児と妊婦も含まれ、遺体は利根川に投げ込まれたという。
「背景には民族差別、よそ者差別、部落差別、職業差別という『複合差別』があったと見ています」
こう話すのは、「福田村事件追悼慰霊碑保存会」代表の市川正廣さん(80)だ。元野田市職員で、25年ほど前から福田村事件の真相調査や語り継ぐ取り組みを続けている。
「まず、この時代は、日本社会に朝鮮人を蔑視する意識がありました。それが『民族差別』です。そして当時は『あやしい行商人を見つけたら警察に通報せよ』と書かれた防犯ポスターが作られるなど、偏見を助長する雰囲気がありました。こうした排他的な『よそ者差別』が、自警団たちの暴発に拍車をかけたのだと思います」