そこにJALとJASが統合し、ANAの強みだったはずの国内線でも大打撃を受けた。例えば、統合記念のマイレージキャンペーンなどにより、ANAの国内線シェアは、大きく切り崩されて強烈な負けを喫してしまった。
「我々は、国内線でも決して優位とはいえない」。この強烈な危機感が、大橋の改革に社員の気持ちを結集させる大きな力となった。挫折をきっかけに全社一丸となって、国際線の黒字化と復配に向かうことができたのだ。非常に厳しい時代だったが、私が一番、やりがいを感じていた時代だったかもしれない。
こうした波瀾万丈をなんとか乗り越えるなかで私たちは「イベントリスク」と呼ぶ大災害や大事件の発生に対する心構えができてきた。例えばANAは07年に13の全日空ホテルを売却する。ホテル事業は非常に愛着のある事業だったが、投資負担も大きい。「国際線が黒字になり、収益に一定の力があるうちに、選択と集中を進めて財務基盤を固めておくべきだ」。ANAは、そういう考え方ができるようになっていた。
全日空ホテルの売却額は約2800億円で、約1300億円の特別利益を計上できた。この資金を元に新型航空機のボーイング787などを発注できるようになった。それが08年に起きたリーマンショック後の立ち直りの時期に、将来の成長に備えて戦略的な機材をしっかりと確保できたことにつながっていた。
国際線では高い授業料を払い続けたが、その経験は決して無駄ではなかったし、そのおかげで今の経営があるという思いもある。
ANAの社員は、愛社精神が強い人が多い。また、民間企業でやってきたというDNAを自覚してもいる。その背景にあるのがライバル会社に対する一種独特の競争心であり、永遠のライバルに対するエネルギーの発露があるように思う。
純民間航空会社としてヘリコプター2機からスタートした会社であり、「現在窮乏、将来有望」と言われながら、常に金策に駆けずり回ってきた。数々の危機を乗り切ってこられたのも、そういったDNAのおかげかもしれない。
●超大型機A380をハワイ路線に投入する理由
現在、国際線の拡充を続けるANAの様子を見て、「ANAは、かつてJALが失敗した拡大路線を歩んでいるのではないか」と危惧する人がいるが、それはまったく違う。
現在のANAには「売る力」がある。これはアライアンスに負うところが大きい。例えばヨーロッパ線ならばルフトハンザの力が私たちのパワーになるし、北米路線ならばユナイテッドの便名で売れる。実際、ANAの飛行機にルフトハンザ便名や、ユナイテッド便名で搭乗されているお客様はたくさんいる。例えばドイツへは現在、ミュンヘン、フランクフルト2便、デュッセルドルフと、毎日4便を運航しているが、全便がルフトハンザ便との乗り継ぎ利便性を考慮したスケジュールになっている。